気持ちデータの観察考察

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『いだてん』大河ドラマ全話感想と脚本の構造分析【第1〜4話まで(2019年1月分)】(クドカン脚本の仕組みをよみとく)

全話感想に挑戦。

下にいくほど古い回の感想です。
特に脚本家のクドカンがどういう狙いや仕組みで『いだてん』を書いてるのかを考察する。

 

まずは第1話からなので、「どんな世界観になるのか」がまず興味深い。

 

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◆第4話「小便小僧」
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1、反復する稽古

第4話のテーマをひとつとりあげるとすると、私は「稽古の重要性」を挙げたい。

金栗四三は東京高等師範学校に入学し「徒歩部(今でいう陸上部)」に入部することになり、とにかくよく走り稽古を重ねるシーンが沢山でてくる。小高い丘を登ったり下ったり。6里(24キロ)の大会に出たり。
徒歩部の他にも、同じ寮生である柔道日本一の大男(徳 三宝という実在する柔道家)が、朝の稽古前に誰よりも早くきて1人稽古をやっているシーンが描かれもした。寒い早朝の、泥臭い反復稽古。

この物語の中心的人物のひとりが講道館柔道創始者の嘉納治五郎であるが、経歴を読んでいると、彼は鍛錬修行/反復稽古を特に重んじる人物であったことがわかる。中でも“寒稽古”について書いてある辞書から引用しよう。

武道においては〈寒稽古〉と並んで〈暑中稽古〉もあるが,寒さ暑さに対して逃避するのでなく,かえって積極的に行うことによって寒暑二つに安住するという思想は,禅語の〈寒は寒殺,暑は熱殺〉に通じるものがある。このような〈寒修行〉を,教育的立場から近代武道に導入したのは嘉納治五郎で,1894年,講道館の教育計画の中に〈寒稽古〉としてとり入れたのがその最初である。

寒稽古とは、寒の時期に、武道や芸事の修練を行うこと。技術の向上とともに、寒さに耐えながら稽古をやり遂げることで、精神の鍛錬をするという目的にも重きをおかれて行われるものである。

それと、もう一つは、落語だ。
1960年のシーンはいまのところ落語が中心。
五りんの彼女の阿部知恵(川栄李奈)が志ん生にむかって「彼はどう、良い落語家になれそう?」と尋ねる。「まだわからんね」。

落語家も“反復”の職業だ。

 

“稽古”なくして成功はない。それを丁寧に印象づける回だったといえる。

 

2、「自然に従え」という考え方

その稽古の内容のひとつとして「油抜き走法」というものが描かれた。
身体をかるくするために何日も水分を断ち、毛布をかぶり汗をかいて過ごすといった訓練で、現代からみれば非科学的でカラダに悪いとすぐわかるようなものだが、明治には実際に信じられていた方法のようだ。
たとえば昭和になっても“ウサギ跳び文化”はまだまだ残っていて、1990年代になってやっと「膝を悪くする」という情報が広がり部活動で推奨されなくなった。“油抜き”もそういう仲間だろう。

 

四三は油抜き8日目にして身体に変調をきたして倒れ、水をガブガブ飲むことで復活する。これを機に、四三は「自然に従え」という考えに至り、“欲求に逆らわず”に走りたいだけ走り食べたいだけ食べて過ごすスタイルを確立する。

 

志ん生との共通性をここに描く。
破天荒で人生波瀾万丈の志ん生が、寄席の前に酒を隠れて飲む。飲みたいから飲む。
落語演目「芝浜」の、断酒をして仕事に打ち込み、努力に努力を重ねた男が最後酒を口にしようとして「夢になっちゃいけねえ」と酒を控えるシーンを弟子に説明しながら、自分は酒を口にする。「欲求に逆らわず、自然に従う」。

反復稽古は重んじながらも、“楽しみながらやりたいようにやってみる”という精神の大切さを描いてみせた。


3、足袋の播磨屋が初登場

第4話にしてはじめて足袋屋の『播磨屋』が登場する。ピエール瀧が演じる主人と、その幼い子供が手伝いをしている。
四三が、早く走るための重要な改善課題のひとつとして挙げたのが“履き物”で、それまで四三はワラジで走っていたが長距離になると尾が切れてしまう。そこで思いついたのが足袋で、播磨屋を訪れるのである。
「金栗四三と播磨屋の長い長い付き合いのはじまりでした」とナレーションがはいり、この物語における播磨屋の重要性がうかがえる。

 

場面が変わって1960年。
「五りんはどこに」と志ん生が五りんの彼女に尋ねると、「母親が昔に働いていた“播磨屋”という店にいくらしい」と言う。

 

時空を超え、物語がからみあっていく。

 

50年の年月のあいだに何があったか。

1910年のあの幼いお手伝いの息子が、1960年だとおよそ55歳ほどになっているはずだ。
時を越え、空間を越え、物語がつながる。


4、第4話ぶんを終えて。リフレインメソッド

これで放送開始から1ヶ月、4話ぶんの放映が終わった。
この全4話で、いろいろな背景情報は整理されつくして、どの時代のどの町にどういう人が暮らしていてどんな課題と向き合っているのかは、ほぼつかめた。

 

4話目で特徴的だったのは、あらためて1話目の大切なシーンに戻って、同じ台詞をくりかえし喋らしたりしたことだ。

四三の生い立ちから上京、志ん生の性格から落語との出会いまでを観たが、4話目ではあらためて、嘉納治五郎が「どれほどの思いでオリンピック誘致を進めてきたか」が再度描かれた。
各署から止められながらもオリンピック出場を独断で押し通し、体調をくずし借金を重ね、病状で夢を語る治五郎。どれほど“いだてんの登場”を待ち望んでいるかも伝わってくる。

 

これは演劇手法でいう「リフレイン」メソッドとも言える。
象徴的な場面を別の角度からもくりかえし見せることで多面的な奥行きをつくりだす方法。

 

この物語は嘉納治五郎の夢、「オリンピックへの軌跡なのである」と、放映1ヶ月の節目でもう一度再確認を描いたのであった。


5、『小便小僧』というタイトルは

この作品には毎話、タイトルがついているが、あんまりその回の内容を直接的に言い表してはいないなと思う。
第4話は「小便小僧」だ。

 

マラソン大会のスタート直前に四三はトイレにいくのを忘れていて、あわてて草陰に隠れて用を足す。その草陰の真上に嘉納治五郎の部屋があり、小便をしているところが永井教授(杉本哲太)に見つかり「早く行け!」と怒鳴られる。
小便小僧の逸話といえばこのシーンだ。

 

ただ、まああえて、深読みすると「小便小僧」というタイトルは、
のちのオリンピアン金栗四三も、のちの大名人古今亭志ん生も、“まだ何者でもない小便くさいガキであった頃”という意味なのかなと、考えてみました。

 

 

◎◎(あらすじ)公式サイトより◎◎
高師のマラソン大会で3位となった四三(中村勘九郎)。表彰式で憧れの嘉納治五郎(役所広司)に声をかけられてさらに発奮し、むちゃな練習を敢行する。そのころの嘉納は日本初のオリンピック予選開催を前に山積する難題に頭を抱えていた。頼みの綱の三島弥彦(生田斗真)も当てにならない。志ん生(ビートたけし)は嘉納の苦労を弟子の五りん(神木隆之介)に語るうちに酒を飲んでしまう。ほろ酔いで高座に上がった志ん生が語る噺(はなし)とは──。

 

 

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◆第3話「冒険世界」
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1、
今回は「上京し、マラソンに初めて出会う」という回だった。

 

東京高等師範学校に合格し、東京に出てくる過程が丁寧に描かれた。長旅で、乗り物酔いし、満員で、スリもいる。何日もかけて熊本から上京。心理的に肉体的に東京とのとてつもない距離感。

1906年時点の列車交通事情を少し調べてみたけど、うまく乗り継いでも丸2日はかかるから、2-4日はかけて移動してそうだ。大変。

漱石帰国時の鉄道事情

 

2、
四三は東京でも“いだてん通学”を継続し、バスに乗らず走って通う。「学校までは約1里しかなく(1里は約4km)、走れば20分程度」とナレーションされていたが、この時代の東京高等師範学校の場所を調べると現在の茗荷谷駅のそばにある。

寄宿舎のある御茶ノ水からGoogleマップで距離を測ると「4.2km、ほぼ平坦です」とのこと。ぴったり。四三はこの道を走ったのだろう。

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3、
新橋につくたびに美川君(勝地涼)は浅草へ行きたがる。そこでお梅(橋本愛)と出会い、やったかやってないのかはわからんが夜遅くまで2人で過ごすのは過ごした。このお梅、今のところ3話ともに登場してるので、この役、意外と大切なのかもしれない。

3話連続で登場したといえば凌雲閣、通称、浅草十二階。1890年に建設され、1923年の関東大震災で崩壊。短命な建造物なのに戦前のランドマークのひとつとして語り継がれている展望塔。

 

映像技術としての再現も見応えある。
にぎやかな浅草の街並みの再現、その奥にそびえる十二階。
浅草が一番華やかな時代。

凌雲閣の中のレストランみたいな場所で天狗倶楽部が集まってるシーンがあったが、凌雲閣の中にあんな風に食事のとれる場所がほんとにあったのかしら。

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4、
今回は志ん生の家の茶の間のシーンから物語開始。久しぶりの1959年。
庭先で弟子の五りん(神木隆之介)が突然水かぶりをやる。これは金栗四三の習慣と同じで、時代を越えての縁がうかがえる。ドラマの多層構造上の接点が垣間見える。五りんは、志ん生の家を訪ねてきた時に「父が満州で志ん生に会い、志ん生最高!という葉書を送ってきた」と語っていた。

 

第3話の最後のほうのシーンでは、1910年浅草、若き日の志ん生が夜道でブツブツ落語をさらっている背後を、四三が大声で歌を歌いながら走り過ぎ、志ん生が「うるせえ!」と怒鳴るシーンが描かれた。これがふたりの初めての接触シーン。
第2話では遠く離れた場所にいたこのふたりが、その後、どう関係していくのか。

 

ちなみに、この1960年頃、志ん生は日暮里にもう住んでいるはずだから、あの居間は日暮里の家といえる。日暮里に住み始めてのち志ん生はあだ名として「日暮里、日暮里」と呼ばれて愛され、1973年の最期までこの家で暮らした。

(私の今の住まいが日暮里にほど近い荒川区で、一度志ん生の終の住処を散策したことがあり感慨深い。ついでに記しておくと、今回登場した雑誌「冒険世界」の出版社はまだ現存しており、調べたら現在は荒川区の日暮里近くに本社があるそうだ。縁深い。)

あと、3話では初めて志ん生の奥さん役が登場したが、演者が池波志乃。本物の志ん生の実の孫だ。


5、
浅草で、四三は、天狗倶楽部のマラソン大会に鉢合わせる。運命のマラソンとの出会い。
第3話は「出会いの回」と言えるのかもしれない。
四三は走るのが好きで気持ち良さも達成感も感じていたがそれでもなお「走るのはあくまで移動のため」という域はでていなかった。
なのに、初めて出会ったマラソンは、“ぐるぐると同じ場所を回り続けて”いるだけで移動しているわけでなく“速さを競っている”という。
まったく新しい価値観を目の当たりし、いわゆるパラダイムシフトが四三のなかで起こった瞬間。

 

そして第3話のタイトルは「冒険世界」。雑誌のタイトルでもあり、その雑誌は、冒険小説やスポーツ記事を掲載する少しオシャレでヤンチャな雑誌のようで、ハイカラな服装をした山本美月演じる記者が、美男子の人気者三島弥彦(生田斗真)を取材する。
“スポーツ”が、若者たちを筆頭にこれから流行の先端のように盛り上がろうとする時代の息吹が感じとれる。

 

寄宿舎に戻り、マラソン大会参加のポスターを見つける四三。
本日のサゲは、「肋木(ろくぼく)のあいだから、世界が見えたようでございます」。

そして、“冒険世界”へと、四三はこののち飛び込んでいくのである。

 

 

<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~(3)「冒険世界」

家族の期待を一身に背負って上京した四三(中村勘九郎)だったが、高等師範学校での寮生活になじめない。夏休みの帰省では、スヤ(綾瀬はるか)の見合いがあると聞かされる。傷心で東京に戻った四三は偶然、三島弥彦(生田斗真)らの天狗(てんぐ)倶楽部による奇妙な運動会を目にする。一方、不良青年・美濃部孝蔵(森山未來)も落語にのめり込もうとしていた。のちの名人、古今亭志ん生(ビートたけし)の第一歩が踏み出される。


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◆第2話「坊ちゃん」
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1、
今回は、主人公の金栗四三の生い立ちを丁寧に描いた回となった。物語を語っている古今亭志ん生だけが1959年にいて未来側から過去を語っていく構造。
語られるのは2つの世界だ。実際に金栗四三は1891年生まれで、古今亭志ん生は1890年生まれのたったひとつ違い。ここにクドカンは目をつけて、このふたりの同世代の主人公たちを交互に「熊本と浅草」、遠く離れたふたつの世界を順々に描く形をとっている。まだ特にふたりの共通点もなく。

2、
この「語り手が落語家」でストーリーを物語っていく方法はクドカンが『タイガー&ドラゴン』で試した方法論だが、この多重のメタ構造化によって物語に奥行きがつくられている。しかも、古今亭志ん生役をやるのが『赤めだか』で立川談志役も演じてみせたビートたけし。後年を迎えたたけしが、談志に志ん生まで演じてみせるなんて感慨深い。“聴きとりにくさ”に非常に味がある。

3、
物語にオーバーラップしてくるように「落語の演目内容」が重なり、現実と落語の境い目があいまいになってくる手法も『タイガー&ドラゴン』で繰り返し試してきただけあって、すごくよくできてる。今回は借金取りに追い回される『付き馬』との掛け合わせ。廓噺(くるわばなし)の代表作。吉原、浅草、寄席。若き日の志ん生が生涯の師匠、橘家圓喬の高座に出会う。
(遊女の小梅(橋本愛)が立ってた小川はどこのつもりだろう?明治にあんなに細い川は浅草にないはずだが)

4、
この他にもクドカンらしいモチーフがいくつか散見された。
たとえば、天然な面がありハマったら無我夢中になれる男の子っぽい主人公像(過去作品だと特に長瀬智也が得意な。金栗四三も志ん生も両方ともそう)
“地方”へのスポットライト。そしてその土地らしい地方の風土をあらわしたような“方言”。「とつけむにゃあ」。それと今回の熊本は偶然ではあろうが“被災地”への着目。
そのほかでいうと、“トンネル”というメタファーもクドカン作品らしい。
世界や意識や価値観の変換点で登場するトンネル。今回でいうと、自ら発見した呼吸法でトンネルを走り抜ける金栗四三。病弱だった四三が丈夫で健康な四三へと成長を遂げる。あまちゃんでは親友である女の子2人が大震災に被災した町の内と外をつなぐ真っ暗闇なトンネルを、手を繋いで走り抜けた。

何度か試してきた方法論を“大河という集大成”で織り込んでいくのは当然と思うし、過去からクドカン作品を見てきた人たちにとってはうれしいことだと思う。

5、
今回のサゲは、古今亭志ん生(たけし)による「付き馬で逃げてたら生涯の師匠に出会えたんですから、たまにはスポーツも悪くないもんです」。
来週以降への伏線を感じとれる。なんといってもこの物語は「スポーツ」がテーマなのだから。

 

<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~[新](2)「坊ちゃん」


テレビ寄席で志ん生(ビートたけし)が語るのは、日本初のオリンピック選手、金栗四三(中村勘九郎)の知られざる熊本での少年時代。学校往復12kmを走る「いだてん通学」で虚弱体質を克服した四三。軍人に憧れ海軍兵学校を受けるも不合格に。身体を鍛えても無駄と落ち込む四三だが、幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)に励まされ、嘉納治五郎(役所広司)が校長を務める東京高等師範学校への進学を決意する。運命の出会いが近づく。


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◆第1話「夜明け前」
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1、
歴史を動かした人たちについてが語られるんだなという厚みがきっちり感じられた。
クドカンが大河を書くなんてまだ変な感じだけど、きっちり「大河らしい」と思えたし、きっちり「クドカンらしさ」も出ていて楽しめた。

2、
物語の骨組みは嘉納治五郎役の役所広司が支えていて安心感がある。特に「天狗倶楽部」がいい。男くさくて大胆おおらかでガヤガヤ。ダンスパフォーマンスに大きな声。半裸と筋肉。三島弥彦役を生田斗真。いい顔。リズムとか空気感とか、脂がのってる時期でいい感じ。満島真之介とか武井壮とか騒がしい面々が踊りだすシーンはワクワクさせる。(コンドルズだろうなと調べたらやはり振付近藤良平、まんま)
https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1086866513745854464?s=21

 


3、
あとたけしの存在感も印象的だったけどまあいつものたけし。それと森山未來。このふたりが物語のナビゲーター役で、こうして語りがストーリーを先導する方式はクドカンの過去作品でいうと「タイガー&ドラゴン」とかをうまく発展させたような形。
多重的な構造もクドカンの得意技で、時間を次々切り替えながら、1909年と1959年の50年間ひらいたふたつの時代を交互に飛び交わせる。

4、
ラストシーンは主人公の金栗四三が走ってきて「いだてんだ!」とみんなが興奮して叫ぶ。中村勘九郎がここではじめて登場。赤い血だらけに見えたインクが、歌舞伎の隈取りを想起させる。いだてん!いだてん!とみなが口々に叫ぶ。タイトルがコールされる!ここから『いだてん』の物語がはじまる。

5、
この記念すべき作品がはじまって、一番はじめに作中で喋った登場人物がタクシー運転手役の東京03の角ちゃんなのが感慨深かった。変なキャスティングで笑った。


<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~[新](1)「夜明け前」
 1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していた。スポーツという言葉すら知られていない時代。日本からの初めての派遣選手をどう選ぶか。嘉納は検討の末、日本初のオリンピック予選会を開催することに…。のちに日本人で初めてオリンピックに参加する男・金栗四三(中村勘九郎)と、日本にオリンピックを招致した男・田畑政治(阿部サダヲ)の2人を主人公として描く、新しい大河ドラマが開幕!

 

演劇『スカイライト』感想 〜懐かしい朝食のぬくもり〜蒼井優

新国立劇場の芸術監督に就任した小川絵梨子が、就任後初の演出作品に選んだ作品。舞台上は常に2人きりで、延々と続く対話劇。出演は蒼井優、葉山奨之、浅野雅博のたった3人。蒼井優はこれが代表作になるのかもしれないほどの出来映え。役者たちの熱量溢れる舞台だった。
「病床の天窓」「矛盾」「雪と朝食」。個人的に印象に残ったこれらの3点を通じて、秀作の本質を探る。

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(引用元 https://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/13_013241.html)

 

1、「病床のスカイライトについて」

アリスが亡くなる時に居た最後の部屋は豪華絢爛で、一面の大きなガラス、天井の明かりとり、アリスが好きな景色を思う存分楽しめるようにと、降り注ぐ星空が見渡せる天窓(スカイライト)。

アリスが死んだ日のことは、トムにとっての十字架で、一生消えない傷。その時にトムの時間は止まってしまった。「アイツは、自分の死を使って、俺に復讐をしているんだ」

トムは、この、アリスの終焉の部屋について、くりかえし思い出話をする。彼にとってあの部屋は特別な場所だ。
二つの相反する言葉でトムはあの部屋での出来事を振り返っていて、そしてそれはどちらも偽りの感情ではない。
1つは、「アリスが亡くなるまでのあいだ、(その部屋ではほかにやることもなくて)ずっとキラのことを思っていた」という事。
そしてもう1つは、最後の最後にバラを持って行った時、アリスが「花はやめて」と言った事。「花は、私たちが本当に愛し合ってた時のものだから、今は花はやめて」。
トムはひどく傷ついていた。アリスを愛していた。アリスが自分のことを許さずに死んでいってしまった事、とりかえしがつかなくなってしまった事に、後悔をしていた。こんなはずではなかった。
でも同時に、キラのことを心底に愛していて、強く求めていた。キラしかいないと思えていた。アリスさえいなければ、キラを迎えにいけると、望んでいた。
でも同時にキラのことを憎んでいた。なぜ今キラがここにいないのかと。なぜ自分を裏切り、置き去りにし、飛び出したのか。愛していたはずでははなかったのか。

 

2、「矛盾について」

トムはところどころで矛盾している。自分勝手で、自分本位が強すぎる。
見ていて、気分が悪くなるほどだ。
中心主義者で、全能感にあふれ、自分を中心に世界が回っていると思い込んでいるタイプの男だ。男尊女卑的で、偏見が強く、社会階層論者だ。
自分本位度が圧倒的に強すぎて、ここまで強いと彼がただの自分勝手な嫌なヤツでしかなくなってしまう。これは欧米人と日本人の価値観の違いのせいか?それとも時代背景か?(脚本の初版は1995)

「トムにはこういうナイーブな可愛げもある」というモチーフもたまに出てくるのだが、まったく打ち消せないほど、嫌なやつだ。面と向かって女性にあんなにズバズバ言ったり、寄りを戻したくて元カノの下を訪れたはずなのに、死んだ奥さんの思い出話を延々と続けたりするのは気が狂ってる。

キラは、自分なりに、一生懸命に新しい道を模索し、切り開こうと努力をしている。これをトムはコテンパンにけなす。
「こんな生活に価値はない」とくさす。
ジョークを交えながら、愛着もこめてふざけているニュアンスで話したりしているのもわかるのだが、それどころではないのだ。しつこく繰り返し繰り返し「こんな極寒の部屋で暮らしているのは自己満足の表れだ」と罵る。しつこすぎて、陰険だ。

トムは甘えている。
「この自己矛盾をはらんだ、ひどい僕自身を、キラ、君なら丸ごと受け止めてくれるよね、受け止めてほしいんだ」という甘え。そういう狙いをこめて、彼は矛盾をあえて露呈するのではないか。

しかし、人間関係にはそんな甘えは通じない。
愛であろうがだ。
無償の愛であろうがだ。
人は生きている。物ではない。
尊重が欠如したコミュニケーションは成立しえない。
彼女は、生きている。
リスペクトを失ってはならない。

しかし、胸に手を当ててもみる。
誰しもが潜在的には自分本位な面を隠し持ち、トムはそれがあからさまな形で表立っているだけに過ぎなくて、我々の本望とは実はトムの言動に近いものを秘めているのではないのか。
だからこそ、観劇側の私たちはトムを見ながら、耳を塞ぎたくなるのではないか。目をそらしたがるのではないか。

トムの言動は限度を超え「人間らしくない」と先程は否定したが、実はまったくの逆で「あまりに人間らしい」ということなのかもしれない。
ここでもまた矛盾している。


3、「雪と朝食について」

深夜に感情をぶつけ合い、大きな声を出し、クタクタに疲れた二人が再び別れの時がくる。明け方のタクシーをキラが電話で呼ぶ。「なるべく早く」と。
到着した運転手がドアベルを鳴らすのが終幕の合図で、ふたりは抱き合うこともなく別れる。

果たしてこの再会は、ふたりを成長させる機会となるだろうか。キラに新しい発見はあったか。何もないようにも思える。でもキラは言った、「今でも、そしてこれからもあなたをとても愛している」と。それを伝えることができた夜だ。

くたびれたキラが部屋の明かりを落とし、眠りにつく。
この演劇は、とどまることのない対話劇で、感情表現のシーンというものがない。ワンシチュエーションで、対話という断面だけを大胆に切り抜いたドラマだ。夕食の調理も、テストの採点作業も、常に対話しながら行われる。

この夜の、眠りつく瞬間だけが、キラのひとりきりのシーン。とぼとぼと部屋を歩き、ストーブを落とし、布団を整えなおしてゆっくりとかぶり、眠りにつく。
そして、雪が降る。
新国立小劇場のセンターステージを覆い囲うように、高い天井から雪がふる。とても美しい。
静寂と安らぎ。
数年間、胸のうちでつかえていたことがすべて吐き出されて、特になにも解決はしていなくとも、安らぎがふりそそぐ時間。

朝になると息子のエドワードがトムとすれちがいでやってきて、サプライズプレゼントだといって、昨夜にキラが唯一忘れられない思い出として挙げた、朝食をプレゼントにと持参してくれた。

ホテルの朝食!

「もし唯一、あの頃がうらやましい、あの頃に戻りたいと思うとすれば、それは朝食かな、あの優雅な朝の気分。」
あたたかいスープ、きらきらのカトラリーの音、たっぷりのコーヒー、たくさんの種類のパン。

キラが、ナプキンに鼻をつけて、深く息を吸い込む。「懐かしいにおい、新しいナプキンの匂い」キラは涙をこぼす。「本当に、ほんとうに、素晴らしいわ、エドワード本当にありがとう」

何年ものあいだ、誰にも打ち明けられず、相談もできず、何度も自問自答をし続けてようやく生活が落ち着いてきた時、昨夜、トムがやってきて、キラはついに長い長いトンネルから外に出られた、その日の朝。トムにお別れをきちんと告げられた、朝。
エドワードが懐かしい朝食を届けてくれた。お別れと再会。新しい再出発と郷愁。ナプキンの匂いには、キラのたくさんの思いが溢れる。
空気が冷たく澄み渡り、すがすがしく清らかなる朝。

キラは出発する。新しい一日の始まり。バスに乗り、学校へと向かう。いつもどおりに。

 

2018年の個人的ミュージックランキング

今年も自分用にまとめておく。

いつごろ、何を一番聴いてたかを残しておきたいので、月別の形で整理します。

 

◆1月

「つれてってよ」lyrical school

つれてってよ

つれてってよ

  • lyrical school
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

◆2月

「アルペジオ」小沢健二

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)

  • 小沢健二
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

これ今年の曲なのか。もう何年も前のことのように感じる。流動体とふくろうは復帰直後の特別感というか非日常感に包まれていたが、この曲はもっとさりげなくリスナーたちの日々の生活にそっと寄り添うように優しくリリースされた印象がある。聴きこめば聴きこむほど胸は痛くなる。2010年のぼくの行った日のひふみよツアーで「岡崎京子がそこに来てくれています」と涙をためながら最後のMCで小沢君が話したのを思い出す。今年の5月の武道館ライブのことも芋づる式に思い出しちゃうけど、それはまた別の機会に。

 

◆3月

「Lemon」米津玄師

Lemon

Lemon

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

今年の顔。2018年は年末最後の紅白歌合戦で米津玄師がフィーバーしてたが突然に思えてびっくり。「打ち上げ花火」に「パプリカ」と米津作品が3作もとりあげられたが、まあ3曲ともたしかに高品質。

そもそも主題歌になってたドラマ『アンナチュラル』が最高で、あれがもう1-3月クールで1年も経つのか。これと『けもなれ』があり、野木亜紀子の始まりは2018年と呼べそう。

 

◆4月

「陽炎」サカナクション

陽炎 -movie version-

陽炎 -movie version-

  • サカナクション
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

イントロの頭がゴダイゴのモンキーマジック風で気持ちよくて、何度か聴き比べた。

 

◆5月

「ICHIDAIJI」ポルカドットスティングレイ

ICHIDAIJI

ICHIDAIJI

  • ポルカドットスティングレイ
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

◆6月

「フロントメモリー」鈴木瑛美子×亀田誠治

フロントメモリー

フロントメモリー

  • 鈴木瑛美子×亀田誠治
  • サウンドトラック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

2018年に何を一番良く聴いたかと問われたらこれを選ぶ。女子学生が主に見そうな映画の主題歌だし曲調もJ-POPJ-POPしてて恥ずかしいんだけど、元はかまってちゃんの作品。亀田誠治の料理が良くて、ストリングスなんかも壮大にはいりすぎてオリジナルより相当チャラいんだけど、疾走感があってかっこいい。

前奏の鍵盤を聴くだけで、この曲は気持ちがあがるので「よしっ」と思う時に選びがちで、2018年は「よしっ」と思わないとやってらんなかったとも言える。

 

◆7月

『誕生』チャットモンチー

たったさっきから3000年までの話

たったさっきから3000年までの話

  • チャットモンチー
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

チャットモンチーが解散してしまった。

武道館のチケットがとれず映画館での同時上映で最後を観た。

昔、えっちゃんが好きで好きでたまらない時があって、その数年間は相当聴いたしライブも相当通った。

20代のチャットモンチーって「見ると泣けてくる」という思い出がある。あの感情の高揚は何だったんだろうな。

えっちゃんの復帰を楽しみに生きていきます。

 

◆8月

「スクールマジシャンガール」ハンブレッダーズ

スクールマジシャンガール(純Mix)

スクールマジシャンガール(純Mix)

  • ハンブレッダーズ
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

リリースからは時間がたった時期と思うが、僕がこのバンドとはじめて出会ったのはテレビ番組『美少女クエスト』の挿入歌で。高校生の時のキラキラした初々しい恋愛感覚を思い出す映像で、そこにこの曲はバチっとはまった。高校生の頃に戻るような気持ち。

 

◆9月

「Lonely Lonely feat. Chara」LUCKY TAPES

Lonely Lonely feat. Chara

Lonely Lonely feat. Chara

  • LUCKY TAPES
  • R&B/ソウル
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

ここ数年LUCKY TAPESを気にかけてきたけどこの楽曲で一山越えた感じ。メジャーアルバムもリリース。6月にキネマ倶楽部も聴きに行った。

◆10月

「終わらない世界で」DAOKO

終わらない世界で

終わらない世界で

  • DAOKO
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

有名人がみんなこぞってDAOKOと組もうとするけど、純粋に彼女のボーカリストの魅力なのか、はたまた事務所が強いとかあるのかしら。この曲は小林武史によるプロデュースで、AメロのラップからBメロのメロディーへの流れるようなつなぎの構成がクセになる。小林武史は2018年もいい仕事を重ねる。

 

◆11月

『往来するもの』odol

光の中へ

光の中へ

  • odol
  • ロック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

2018年らしさを象徴するアルバムのひとつ。哲学的な側面とサカナクション的な側面と、バランスをどうコントロールしてどこくらいまでメジャーになるだろう。

 

◆12月

「ぼくらのネットワーク」DAOKO × 中田ヤスタカ

ぼくらのネットワーク

ぼくらのネットワーク

  • DAOKO × 中田ヤスタカ
  • エレクトロニック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

 

フェルメールと手紙 「2018フェルメール展」の感想 〜コミュニケーションデバイス変化による人々の行動変化〜

◆1、フェルメールを観賞しに2018上野へ。

2018年の東京上野のフェルメール展には、現存するフェルメールの全35作品のうち、日本初の8作品もが同時来日した。
時間帯別の事前予約制だったから、平日の17:00-18:30の回で予約して、多くの人が退社後に予約するであろう18:30-20:00を避けたら、けっこう空いてて快適だった。

 

さて今回はその中で『手紙を書く婦人と召使』という作品について着目する。

この作品は1672年頃に描かれた作品で、フェルメールは1675年に43歳の若さで亡くなるため、つまりこれは40歳前後に描かれた晩年の作にあたる。

f:id:marumiyamo:20190112074443j:image

(引用元 https://goo.gl/images/6M8yEX)

フェルメールの代表作の多くは主に30代に描かれており、たとえば有名な『青いターバンの少女』が調べたら1665年だったので、33歳頃の作品にあたる。それよりは後期の時代となる。

 

◆2、手紙を書くという行為について。

『手紙を書く婦人と召使』も、フェルメールの他作品同様、宗教画のような品位と清潔感を帯び、澄んだ空気を感じる作品だ。静かでおだやか。

絵の主人公である婦人は、手紙を書いている。

フェルメールの作品群には、他にもいくつかの“手紙を書くシーン”を切りとった作品が散見される。
フェルメールの作風はよく、“一般の人々のごく日常のありふれた生活の断片が描かれている”と示される。ということは、この作品に描かれている婦人たちも“日常生活を過ごす17世紀オランダの一市民”であり、つまりそれは“手紙を書いて相手に送る”という行為が、日常の市民たちにまで習慣化しはじめているという歴史的な転換点を切りとった証拠資料でもあるといえる。

「手紙」としてひとくくりにできるかはともかく、“文字で書いた文章を遠距離間で情報交換しあう方法”は、貴族や将軍たちの間ではもっとずっと昔から活用されてきたが、それが“一般市民でまで”となったのは、この17世紀オランダが比較的早いほうじゃなかろうか。(そもそもまだフランス革命前夜であり、市民という概念さえも弱く、中世と近代の境い目をむかえる季節。)

フェルメールがわざわざ、この“手紙を書く”“手紙を読む”という行為を選び、あえて絵画に描いた、という選択眼が興味深い。

 

◆3、絵画の見方、フレーミング/タイム理論について。

さてここで先にベースとなる部分を振り返っておくが、一言でアートと呼んでも、そこにはいろいろな手法が含まれている。音楽、文学、演劇、美術、工芸、映画、写真、等々。
いずれもアート、芸術作品ではあるが、それぞれの手法によってそれぞれの特性があるため、やはり鑑賞の楽しみ方は変わってくる。
ぼくはこの「芸術手法ごとの特性の違い」を独自の方法で頭の中でマッピングした形で整理しており、これを『フレーミング/タイム理論』と呼んでいる。こうして体系だてて整理をしておくと、鑑賞ポイントがすっとはいってきやすかったりする。


さて、話しをフェルメールに戻して、今回は“絵画”というアウトプット手法の特性に着目してみてみる。

“絵画”という手法の特性はまずなんといっても「フレーミングがある芸術手法」だと言える。ここでいう「フレーミング」とは、ある風景を絵画として描きたいなと画家が考えた時に、その風景のある一部分をキャンバスに合わせて“四角い枠で抜きとる”ような作業のことを指している。これがフレーミング。勝手に呼んでいるだけだけど。
絵画にはフレーミングがあり、それによって“フレームの内側と外側”がまず存在し、それは作者の強い明確な意志で選択された事によって産み出され、結果として絵画には「フレームの内側のことしか表現としては残すことができない」という特性がある。

そしてもうひとつが「時間軸」。
芸術手法によって、“時の流れ”についての表現方法は大きく異なる。たとえば“絵画”というアウトプット手法において「時間」とは、“ある瞬間の時間を止めて切りとる”ことである。絵画は時間を止める芸術と整理できる。作品内に描かれたすべての風景は、時を止めている。

この2軸が名前の通り『フレーミング/タイム理論』の考え方で、横軸に「フレーミング軸」、縦軸に「時間軸」を置き、各芸術手法をプロットしていくとそれぞれの特徴がわかりやすくなる。

つまり“絵画”とは、「フレーミングが強く影響し、時間を止めて切りとるタイプの手法」と整理できる。


◆4、生まれたばかりの手紙というコミュニケーション手段

作者がある出来事を絵画作品にしたいと考えた時、その出来事のどのタイミングを、どの角度から、どの範囲で切り出すのか。まずそこで、作者の意図が強く反映される。
厳密にいうとフレーミングがまったくない芸術というのはないのだが、そこに特化しているのが“絵画”である。

 

絵画の作中で手紙を書く、というのは不思議なものだ。
手紙とは、フレームの枠の外側へと想いを馳せる象徴であるからだ。

絵画作品とは「そのフレームの中ですべてを語り尽くす」ことが基本となる。
しかし、この作品の主人公は、ある意味では「フレームの中には不在の文通相手」なのである。主人公がフレーム内にいないなんて、こんなことは歴史上なかったことではないか。

なぜこんなことが起こるかというと、17世紀オランダ以前には一般社会にまで発達した郵便制度はなく、まさにこれは人類にとって新たな生活インフラが生まれたばかりのシーンなのである。

インフラが大きく変わる時、我々人間の行動や思考回路も大きく変わるはずである。
この17世紀オランダも、郵便制度の発達という大きな転換点によって、ずいぶんライフスタイルが変わったのではないだろうか。

一般の市民が相手とコミュニケーションをとるには、今までは会って話すしか方法がなかった。

手紙の登場により、
物理的距離があって話せなかった人と、文章を通じて対話することができるようになった。
面と向かっては話にくかった思いも、落ち着いて文章にまとめて相手に伝えることもできる。
人目につかず、会話もできる。

こういったことが初めて可能になった。

フェルメールの『手紙を書く婦人と召使』という作品の背景には、そういう歴史的な変化点が描かれている。

この婦人が書く手紙は、おそらく恋文で、筆を進める婦人の表情が楽しそうで印象的。
“手紙を書いて相手に思いを伝えることができる”という喜びが描かれている。そんなことは今まで叶わなかったことだ。“今ここにはいない恋人のことを思って手紙を書いている”という時間が作品に切り取られていて、その手紙はいつか“今ここにはいない恋人の手元に届き、封が解かれ、恋人がその手紙を読む時間が訪れる”。
手紙の到着を待つ相手の恋人の待ち遠しさまで浮かびあがってくる。

フェルメールが「手紙を書く、手紙を読む」という行為を好んで作品化するのは、生まれたばかりの新しいインフラによって人々のコミュニケーションが変化していく面白さと、それを絵画に描きとる事によって、本来の絵画が持つフレームという枠の制限を「外側へと拡張する効果」を期待してのことなのではと想像できる。

f:id:marumiyamo:20190112074818j:image

 

◆5、フェルメールが現代を描くとすれば。

その後、手紙というインフラは数世紀をかけて世界中で発達し、20世紀になるとコミュニケーションテクノロジーは急速に発展を迎える。
電話が生まれ、携帯電話が生まれ、インターネットが生まれ、パソコンが生まれ、eメール、SNS、チャット、へと発展は続く。

遠く離れた恋人と電話を通じて気軽に会話ができるし、誰にも悟られずいつでもチャットで即時に愛も確かめあえる。

コミュニケーションデバイスの発展は、人間の行動様式やライフスタイルに大きな変化を与えるのである。
我々現代人は慣れてしまいその喜びを忘れがちだが、フェルメールの作品の中で手紙を書いたり読んだりしながら一喜一憂している人々を見ると、その喜びの誕生に想いを馳せる。

もしもフェルメールが2019年を描くとしたら。
昼下がり、窓から陽のさしこむ部屋のなか、熱心にスマホでLINEをしている女性を興味深く、何枚もフェルメールは描くんじゃないだろうか。

「IT社長の世代別マップ」を自分なりに整理してみた “ゾゾタウン前澤社長は第4世代である” (IT起業家の年齢分析)

最近急激にゾゾタウンの前澤社長が注目を集めているが(紗栄子よりも剛力のほうが知名度が高いというのもよくわかったが)、なんだかひと昔前のIT企業家ブームのときに想像されてた“成金社長っぽいイメージそのまま”で、ちょっと笑っちゃうところはあるが、それも自覚的なブランディングなのだろうと思う。

1、IT社長を“世代マップ”するとこうなる

ひとくくりに「IT起業家社長」といっても、もう90年代から数えると何世代目かになる。
僕なりに勝手に、この“IT起業家社長の世代構造”を頭の中で描いて区切っているが、前澤社長はその世代でいうと、第4世代にあたる。

頭の中にあるこの「IT起業家社長の世代マップ」を可視化してみると、こうだ。

*********
第1世代は、インターネット以前。(〜1995)
第2世代は、インターネット草創期。(2000年前後)
第3世代は、PCブラウザ隆盛期。(〜2010年)
第4世代は、モバイルアプリ隆盛期。(2015年前後)
そして第5世代に続く感じ。
*********

“世代”といっても、この切り方だと、世に出てきたタイミング(つまり事業が成功して一定の規模を獲得したタイミング)で世代をくくっている形式なので、“実年齢”でみるとまちまちには区分されることになる。

2、各世代の“代表的IT社長”とは

各世代の区分にいる「代表的な人物」の下記にまとめてみた。
「登場した世代」とその人物たちの「実年齢の世代」がどんな相関関係にあるのかを見たるために、“誕生年”を軸にして整理してみる。


◆第1世代「インターネット以前」(〜1995)

「OS」の時代、もしくは「ハードウェア」の時代といえる。

日本だと、孫正義(ソフトバンク)が1957年生まれ。
アメリカだと、スティーブ・ジョブズ(アップル)が1955年生まれ。
ビル・ゲイツ(マイクロソフト)も1955年生まれ。


◆第2世代「インターネット草創期」(2000年前後)

この世代は、フロンティアとして“立ち上がりまもないインターネット事業に挑戦してみよう”とチャレンジャーとして踏みこんだ世代。ネットバブル時代とも重なる。代表的な人を挙げると、

三木谷浩史が1965年生まれ。
堀江貴文が1972年生まれ。
藤田晋が1973年生まれ。
夏野剛が1965年生まれ。

アメリカだと、
ジェフ・ベゾスが1965年生まれ。
ラリー・ペイジが1973年生まれ。
ペイパルマフィアとして出てきたメンバーもこの世代。
イーロン・マスクが1971年生まれ。
ピーター・ティールが1967年生まれ。

この世代は、ざっくりいうと70年前後生まれといえるが、他の仕事を経験した上で企業したタイプの三木谷やベゾスもいるので、すでに実年齢はばらばら。


◆第3世代「PCブラウザ隆盛期」(〜2010年)

“PCブラウザ”の上で動くアプリケーションビジネスが中心の世代。
生活者に「家に帰ってパソコンの前に座る」という習慣があった時代だが、すでに一昔前の感覚が強い。スマホが存在しないんだからそうするしかなかったのだが。

ドワンゴの川上量生が1968年生まれ。
ミクシィの笠原健治が1975年生まれ。
グリーの田中良和が1977年生まれ。

シリコンバレーでいうと、フェイスブックがうまれる。
マーク・ザッカーバーグが1984年生まれ。

このあたりから70年代後半生まれの世代がでてきたなという感じ。


◆第4世代「モバイルアプリ隆盛期」(2015年前後)

ジョブズによってスマホが登場し、“モバイル”の上で動くアプリのビジネスが中心に。
まだ歴史になってない世代なのでだれをピックアップするかは好みによるが、

メルカリの山田進太郎が1977年生まれ。
マネーフォワードの辻 庸介が1976年生まれ。
LINEの森川亮が1967年生まれ。
ここにゾゾタウンの前澤友作も含まれるが、彼が1975年生まれ。

アメリカだと、
スナップチャットのエヴァン・スピーゲルは1990年生まれ。


ここまでくると1975年前後生まれが中心になってくる感じ。

 

3、IT社長の“年齢”分析をすると

前澤友作が1975年であるが、今回はここに“基準”におくと、
同世代の『1975年前後』には山田進太郎や辻 庸介がいる。
おおよそ“その10歳上”の『1965年前後』に、三木谷浩史とかベゾスがいて、
さらに“その10歳上”の『1955年前後』に、孫正義やジョブズがいる。

年齢層で分析するなら、ちょうどこの“10歳間隔くらい”で整理すると、“ビジネスモデルの変質とそれを担ってきた年齢層”の時間軸が見えやすそうだ。

つまり、こう。

『1955年前後生まれ』がつくったインターネットの土台に、

『1965年前後生まれ』がチャレンジプレイヤーとして参入してプラットフォーム事業を構築し、

『1975年前後生まれ』が専門特化型のアプリビジネス事業を立ち上げ始めた。

といった、“ざっくり構造分析”ができる。

となると、次に生まれる世代は、『1985年前後生まれ』が中心層になるといえる。
たとえば先行的に世にでてきている顔ぶれでいうと、SHOWROOMの前田裕二や、メディアアーティストの落合陽一たちが、ちょうど1985年前後生まれの層といえる。たしかにまた、ちょっと違う空気感を持ち合わせている。

ただ、ここまでの20年間は(注:更新日は18年9月時点)、ハードからソフトへ、ソフトからアプリへ、と、どんどんと“事業をスモールにでも立ち上げやすい方向へ”と技術革新が進む流れであったので、年々起業家が若くしても世にでてきやすい流れがあったとも言えた。

ただ、次の10年は、はたしてどうだろうかとも思う。

次世代の話題の中心になってくるのは、「IoT」や「VR」や「自動運転」や「決済」や「無人店舗」といったテクノロジーを伴う分野ではないかという流れがあるが、これらの技術革新が土台に必要となると、一定の資本力が事業構築にものをいう時代にもなりそうだと感じられる。その場合でも、“若き起業家が、その新世代をリードする時代”になりえるだろうか。そのほうが面白い時代にはなる気がするが。

 

今週注目したマーケティングニュース 約7選【18年9月第4週目(9/17~9/23)】 (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は7点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、メルカリの金融子会社が描く「日本のキャッシュレス社会」の未来

 ・今やろうとしていることは単純なEコマースと金融の枠を超える話し。

・ネットの中のコマースや決済は、スマホやデジタルに閉じないでよりリアルな店舗で、リテールや金融サービスが広がっていきます。

・つまり、決済だけで収益を上げなくても、エコシステムが広がっていけば、とても面白いことができると思っています。

・アリババが生鮮スーパーをやっているように、OMO(オンライン・マージズ・オフライン)というインターネットとリアル店舗が融合する世界になっていくでしょう。

・人々の行動や購買のデータが取れるのはすごく便利です。狭い商圏で動く人もいれば、広い活動範囲の人もいて、それがさまざま見えるので、その人に適した金融サービスや決済が提供できると思いますね。

・ただ、単純にお金を借りるためだけのスコアリングはイメージしていません。

・信用を積み重ねることで 前金なしで色々なサービスが使えるとか、良い行為をしているからある地域で電車乗り放題になるとか。ふるさと納税はそういう考えを一部で取り入れているがそんな価値体験を生み出したい。

 

→O2OとOMOってそんなに違わない概念というか、ここ数年でいうとOMOって呼び始めている概念をO2Oという言葉に包含して議論してきたなとは思うんだが、“これはOMOです”と言われてみると“言い得て妙”なので、流行る気がする。

→タイムマシン経営として、主に中国を手本としたキャッシュレス経済やOMO決済の加速というのは既定路線だが、シェアがモノを言う分野になりそうなので、ここから戦国時代になるが、メルペイはその一角。

→ただ、ぼくが40代男性だからだと思うが、“メルカリを母体としたメルペイ”と言われても実は愛着と利便性がなくて、もう少し生活に浸透した母体のほうが(どちらか選べと言われたらそりゃLINEのほうが)選びやすいかなーと感じちゃうが、これは世代の問題なのだろう。

 

2、OrigamiPayが総額66億円のシリーズC調達、銀聯とも提携

・同日発表された中で最も注目を集めそうなのが、銀聯国際(ユニオン・ペイ)との連携だ。

・ユニオン・ペイとは、中国ではアリペイやWeChat Payに次ぐ規模だが、日本を含むアジア地域ではかなり普及している決済システム。

 

→資金体力のあるプラットフォーマー企業たちの決済参入に板ばさみされながら、よくポジショニングしている。スマートさを感じるブランディングで、差別化要素もある。アジア三番手の銀聯を、きちんとこの早めのタイミングでおさえにいけてるのも優秀。

→創業者ってどういう人だったっけと調べたら、リーマンブラザーズでM&Aアドバイザー経験者の康井義貴氏。1985年生まれだからまだ30代前半と若い。(下記記事参照)

康井義貴 Yoshiki Yasui とは|GQ JAPAN

 

3、グーグルとファーストリテイリングが協業 全社デジタル化加速

japan.zdnet.com

・AIや機械学習などの先端技術の業務活用に向けて協業すると発表。

・柳井正氏は「製品の企画、製造、流通、販売と顧客の声の全てをデジタルでつなぐことで 情報製造小売企業の実現を加速させる」と語った。

・ファストリとグーグルは、AIによる画像認識を活用した着こなしのトレンド分析 や 需要予測 を始めたという。

・グーグルが開発したチャットボットを土台とする買い物支援サービス 「ユニクロIQ」も提供。

 

→何をするのかの具体性はともかく、グローバル企業としてのユニクロが、グローバル企業のGoogleと組んだという話し。相当いろんな会社から類似の提案を受けてはいただろう(情報収集はしたであろう)が、パートナーに選んだのはGoogleという意味だ。

→日本初の大企業であるユニクロあたりがGoogleと組まれちゃうと、日本初のAI技術からみると、さみしいニュースではある。画像認識…、チャットボット…、需要予測…。

→チャットボットベースの「ユニクロIQ」は、実践活用がはじまっているはずだが、評判はどうなのかな。気になる。

 

4、ルノー・日産・三菱連合がグーグルと提携した深すぎる意味

diamond.jp

・コネクテッドカーのOSとしてAndroidを搭載することを中心とした技術提携をグーグルと結んだことを発表。

・次世代の日産のコネクテッドカーには、グーグルマップが搭載され、アシスタントが音声で情報検索を行い、

・グーグルプレイストアの様々なアプリが使えるように。セキュリティ技術もグーグルから提供される。

 

→前述のユニクロに続き、ここにもGoogle。

→近未来の自動運転EVは“人を乗せる移動情報端末になる”というのはもう前提として、このコネクテッドカービジョンの“中枢にあたるOS”は、自動車メーカー各社、IT企業各社、どこも研究開発を進めてきたわけだが、ルノー日産は“Googleとのパートナー化戦略に舵をきった”という分岐点のニュース。

→Googleは着手に抜け目がないなーと思いつつも、肥大化すぎてちょっと怖くもある。実質、30年以上も世界のトップに立ち続けられた企業なんてないが、はたして2050年もGoogleはトップランナーなのだろうか。

 

5、アマゾンがレジなし店舗最大3000店開設計画、21年までに

www.bloomberg.co.jp

・ただ、セブンイレブンのように新鮮な総菜や種類が限られた食料品を販売するコンビニか、英国に本拠を置く「プレタ・マンジェ」のように急いでいる人が短時間で食事を取れる店舗がいいのか、「最も良い店舗の形態」をまだ実験している段階だ。

 

→2021年って、たった3年後だけど、3,000店・・・。

→小規模なコンビニだったらまだあれだけど、「プレタ・マンジェ」というイートインショップの英国での店舗数を調べたら、300店舗程度だそうだ。

→アメリカ国内のセブンイレブンの店舗数が9000店舗強。スーパーマーケット規模だと米国ナンバー1のクローガーで約3,800店舗。ウォルマートだと約5,300店舗。

→AmazonGOがいまテストケース3店程度しかなくて、ここからたった3年で3,000店舗は尋常ではないと思うが、Amazonだったらやりかねないかもな、という気がするだけでも恐ろしい。

 

6、デニーズ、食事後レジに並ばず帰れる「デジタル注文決済」

www.itmedia.co.jp・平日ランチの混雑解消へ
・テーブル上のQRをスマホで読み取り、料理メニューサイトに遷移。
・注文確定すると決済画面でクレカ決済かキャリア決済(3キャリとも)で支払える。
・Okage、セイコーソリューションズが技術協力。

 

→「まずスモールでもやってみる」というタイプの良い取り組みであこがれる。なにもかもがIT系企業・プラットフォーマー企業からの提案に飲み込まれていくだけでなく、自社業界に特化した形で自分たちなりの最適化をやっていこうという動きは大切だと思う。

→きっと「もっとこうなってると便利」というのがたくさん出てくると思うので、そこからが勝負になりそう。

→ユーザーからすると、たしかに各チェーン各チェーンにいくたびに違うアプリを持ってないといけないとなると不便なんだけど、ポジティブにみるとロイヤリティの源泉ともいえる。

 

7、世界初の月旅行客はZOZOTOWNの前澤氏。SpaceXイーロン・マスク氏が発表

japanese.engadget.com

・SpaceX本社で会見を開き、巨大宇宙船BFRを使った世界初の民間月観光旅行の乗客第1号として日本の前澤友作氏(スタートトゥデイ社長)と契約したことを発表。
・発表会見では、まずイーロン・マスクCEOがBFRの改良点についての説明を行い、つづいて乗客第1号として前澤氏を招き入れました。

 

→ おまけの記事。

→“ITバブル金持ち社長”風な目立ちたがり屋の面はにじみでているものの、ここまでいくと、歴史に名を刻むことになるし、ものすごいことだ。ほんと驚いた。
→イーロン・マスクと横に並んで記者会見してるだけでもものすごい。

 

以上。

【訪日客インバウンド分析】外国人観光客数が最近すごく多いが、他の国に比べてどうなのか

(2018年9月時点)

日本の「年間訪日客数」の政府目標値は、2020年に4,000万人、2030年に6,000万人だそうだ。

2018年時点ではもう3,000万人越えが見えていて、2020年の4,000万人というのはこのペースでいうと現実的なラインと言えそうだ。

1、「国民の25%にあたる数」が外国人観光客って多すぎないか

このあいだ夜の銀座にジョギングシューズを買いに行ったんだけど、買い終わったあと目抜き通りを歩くと外国人だらけで驚いた。銀座に限らず最近、東京の街を歩いていると本当に外国人観光客が急に増えた。よく思い出せないけど10年前だと考えられない感じ。

ざっくり計算してみたら、おおよそ日本の人口は1億2,000万人だから、すでに3,000万人も訪日してるとなると、「国民の約25%にあたる人数」が日本に訪れていることになる。つまり「国民の4人にひとり」の割合だ。そりゃ目につくわけだ。

これって多すぎやしないか?

これだけ訪日すると、さすがにお店の数とかもこれまでの日本国民用の数だけだと足りなくなる気もする。もちろん観光客は365日日本にいるわけじゃないんだけど、“旅行中”なのだから、外食やらイベントやら観光やらで街に繰り出して散財する金額や量は日常生活中の日本国民よりも多いはずである。

 

“国民の4分の1”は多い気がするが、これってどうなんだろう。多いのか少ないのか。

日本がインバウンドの施策推進をはじめたのはまだここ数年のことだから、
それでは長年、観光立国と呼ばれているような諸外国だと、どのくらいの数の観光客を自国に受けいれているのだろう。

その割合を調べてみる。

2、まず日本への訪日数の推移を調べた

まず先に、日本における訪日外国人の数の推移をみると(グラフ添付)、2012年時点で約800万人だった訪日客がたった5年で約2,900万人と、急激に3.5倍にもなっているのがわかる。

体感的にも「急に増えた気がする」と感じるのと整合がとれる増え方だが、それにしても急速だ。ビジネスでも注目浴びるのも納得だ。

[引用:日本政府観光局HP公開資料より]
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/index.html

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3、各国別の観光客数を調べた

 では次に、各国別の「国外からの観光客数」を見る(グラフ添付)。約2,900万人の日本は12位につけている。なかなかのポジションになってきているのがわかる。2020年の訪日客目標数である4,000万人となると、6位のメキシコが約3,900万人だからベスト5に近づく規模になる。

1位はフランスで、2位はスペインと、欧州勢が並んだ。
規模感は8,000万人規模とケタ違いで、観光立国との開きがよくわかる。

欧州勢は、EU各国間での旅行移動が活発で、結構な割合が地続きで移動が比較的容易であることが影響しているよう。そう考えるとアジアなんて辺境の地だと不利だなと感じるが、10位にはタイがランキングされていてがんばっている。

アジアはアジアでもっと連携強化しながら欧米から観光を呼び込まないといけないのかもなと、この数値からは考えさせられる。

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 4、人口における観光客割合を算出した

最後に、さきほどの「国外からの観光客数」と各国人口から、「国民規模における観光客の割合」を計算してみた。

そしたら、フランスもスペインも100%超えちゃってることがわかった。

そうなんだ…。

日本は23%。たった23%で「外国人多すぎ」って感じてしまっているんだけど、フランスとかスペインはそんなどころじゃないんだな…。

日本は2017年時点でいうと、ちょうどアメリカの割合と同程度。もちろんアメリカとは人口規模も国土規模も全然違うのだが、各国のスコアに比べるとまだまだ観光客ビジネスを増加させられるポテンシャルのある割合だとはいえる。

ロールモデルとして同じアジアのタイが52%。これがひとつの見本の目安なのかもしれない。 

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 5、まとめ

「国民の25%にあたる数が外国人観光客って多すぎないか」という感覚だったが、結果は、「観光立国に比べたら、ぜんぜん多くなかった」というのが結論です。

人類とはこんなにも旅をして生きる動物なのだなとあらためて感じる。生まれた国だけでなく、たくさんの国の文化や遺産に触れ、人生を豊かにしている人々が世界中にはたくさんいるんだなということに触れたリサーチだった。

 

 

 

 

映画 「焼肉ドラゴン」の感想文 ー映画と演劇の手法の違いについて

(公開2018年7月・更新2018年9月)

もともと演劇作品である「焼肉ドラゴン」は、読売演劇大賞や鶴屋南北戯曲賞など数々の受賞歴を誇る有名作品なのだが観劇したことなくて、作者の鄭義信自身が監督した映画が封切りされたというので見に行った。

「映画」と「演劇」というふたつの表現方法の違いのようなことについて考えさせられたので、作品の中身というよりも、構造みたいなことを中心に、感想を記録しておく。

 

1、戦後感の追体験

アラフォーのわたしからすると、まず、在日という存在の「追体験」としての意味がある、という作品。
脚本家も、自身の体験を、記録として歴史に残すことにも意味を見出してるのだろうと思える。


舞台は1970年前後。終戦から25年も経ったあとでも、こんなに混沌とした風景なのかという終戦直後感。見渡す限りのバラックで、最底辺の暮らし。でもそれは、日本人であっても、一定はそうなのだろうなとも思った。戦後25年なんて、きっとまだ精神的には終戦直後の延長線なのだ。たとえば今は2018年だけど、25年前というと1993年。こうやって自分たちも生きてきた時間軸ではかりなおしてみると、やはりたった25年前くらいだと“少し前の時代”という程度の距離感だし、文化や価値観や空気感といった根っこの部分はそうそう変わらないものだ。つまり1969年というのは、そういうことだ。

ではどこで、日本は「戦後の延長線上」ではなくなったのか。1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」宣言がなされたことが有名だがあれはGNPが戦前の水準を晴れて上回ったことを象徴したキーワードであって単純にいうと経済的側面から見ただけと言えるので、“精神的な面で”と考えると、実質、昭和天皇崩御の1989年あたりまではまだ“戦後の延長線の空気感”みたいなものはじわじわ残っていたと言えるんじゃないか。バブルがそれらも洗い流したか。

 

2、映画と演劇の違い

「演劇」では表現できるのに、「映画」ではうまくやれないことってなんなのだろうと考えた。

もちろん、“表現手法”としてやれることはまったく違う。フレームワークがそもそも違う。一方は「舞台」だし、もう一方は「レンズ」だ。

でも、手法が違えども、“作品として描きたいこと”自体は変わっているわけではないはずだ。

なのに、映画を鑑賞していると「演劇作品の時に描かれていたメッセージは、なにかもう少し違うことだったんじゃないかな」と感じさせるような、少し焦点がぼやけたような感覚が映画作品の読後感には残った。

監督の本職は演劇畑で、映画は不慣れな分野と認識している。「映画に置き換える過程で、本質を何か損ねてしまっているのではないか」という予感がする。そんなことってあるのだろうか。そりゃああるんだろう。比較的似たアウトプットに見えるが映画と演劇は違うものだ(と、今回の鑑賞を通じて考えさせられた)。ゴッホが絵画でなく文章を駆使して南フランスの強い太陽と麦畑の美しさを小説家としても絵画作品並みに伝えられるか。

とはいえわたし自身が演劇作品のほうを観ていないので、観劇か戯曲に触れてみないと語れないよなと興味がわいた。

 

3、働くこと、生きること

父親のセリフで、「こんな気持ちの良い日は、明日は明るいと信じられる。たとえ昨日がどうであれ」という、作品のキーワードといえる言葉が2回でてくる。亡くなる息子との序盤のシーンと、最終幕で娘たちが巣立っていく背中を見守るシーン。どちらも重要なシーンだ。
いい言葉だし重みもあるのだが、ただ今回の映画作品のなかで聞くと、“少し地面から浮いている”ような感じを受けた。

この父親は、この作品のテーマである「在日の歴史そのもの」である。だからこそ、自らの苦しく険しい人生をバックグラウンドに、このセリフを語るのである。それは、わかる。
でも、このバックグラウンドとなる“苦しく険しい人生観”が作品内で語られるのは、三女が婚約者を家につれてきたときに、父親自身が「古い話だが聞いてくれますか」と切り出した時だが、あそこのシーンもちょっと唐突感があり、最重要であろう在日の歴史としてのバックグラウンドを、このタイミングで会話の一部としてだけで提供するのでは、鑑賞者としては“その歴史の重み”が腹の底まで落ちきらないというか。なんだか急いでしまっているような印象をうけた。(演劇だとどうしているのだろう、と、こういうところでも感じる。)

とはいえ、このシーン自体は印象に残る良いシーンである。そのシーンで父親は「働いて、働いて、働いて」と何度も繰り返す。重要なライフイベントを越えるそのたびに「働いて、働いて、働いて」そして、今がある。

働く。労働する。生きる。

この物語のモチーフのひとつは、この「労働」だ。

それは「生きる」「生き延びる」ということと同義で提示される。

だれもがみな、ぎりぎりの選択肢のなかでどうにか働いている。体を使い、労働をしている。そして生きている。

合わせてもうひとつのモチーフは「家族」だ。

家族のために働く。そして生きる。生かす。生き延びる。自分のためではなく、家族のために働き、それが自分の人生そのものになる。

「生きる」という意志の強さが、作品からほとばしる。これがこの作品の本質だろう。

それはこのシーンからもよく伝わる。

 

4、息子の死の断絶感

ひとり息子は、いじめに耐えかねて自殺をしてしまう。どうすることもできなかったかと家族たちは後悔し、泣き崩れる。

見ているほうも残念に思う。

どう考えても、どうにかできたからだ。

死なせずにしてやれた。登場人物のだれからでもアプローチできたはずだ。

それなのに、止められなかった。あまりにも想定内なことなのに。この自殺への経過もあまりにクリシェだ。なんの意外性もない。

これも、演劇作品だと、こういう表現にはなってないんじゃないかと期待してしまう。

彼の死が、物語の主旋律から分断がちで、連続感が不足している。そこがゆるいせいで、「なぜ彼が作品全体の語り部役なのか」さえも映画だけだと理解しにくいし、エンディングの語りもこの息子による告白で閉じていくのだが、そこにも違和感が残る。

娘3人たちのそれぞれの生き様や、考え方の違い、今後の挑戦など、そちらのドラマはこの映画作品においては主旋律で、丁寧によく描かれている。ただ、その中でも“恋愛要素”が全体的にやや強く、それはそれで問題はないんだけど、そのあおりを受けて、息子の死が浮いちゃってるようにも感じるんじゃないか。恋愛と旅立ちの物語だけで映画が成立しちゃっているというか。

たぶんだけど演劇作品だともっとシンボリックなポジションにこの息子はいるんだろうと思うが、映画だと、それがわかりにくくなっている気がするなと感じた。

 

演劇 ハイバイ「て」の感想文 ー視点が変われば真実も変わるについて

(鑑賞2018年8月・更新2018年9月)

後輩の女の子と観劇後にカフェで振り返り会をしたので、今回はその会話から一部を文字起こししてみました。

 

1、視点が変われば真実も変わる

(後輩)「同じ時間を2度、繰り返す」というのが特徴的でしたね。

「うん、よく練りこまれた構造だったよね。」

(後輩)まず次男の視点で物語の骨子をいったん最後まで見てから、母親の視点でおさらいするような感じで見ました。

 

「その視点の変化によって“印象が変わるシーン”がポイントだったね。次男のいない空間で、家族のそれぞれが、母親にしか見せない表情をして話しだしたりすることで、物語自体の印象が大きく変わったりして。
つまり、一巡目の次男から見えてる景色は浅いんだよね。それが二巡目になって初めてわかる。」

「この“見え方が変化する”ことの原因となる事例たちが絶妙で、リアリティがあった。ささいな気づきの欠如みたいなことで、心のすれ違いにつながるんだよなーと胸につまされたり。」

 

(後輩)わかります。たとえばそれは、母親の落としたハンカチを次男が軽率にボロボロだとかけなしてしまうのだけれど、そのハンカチが実はおばあちゃんのハンカチで、長男は実はそのときの次男の軽率な言動に物語の序盤からすでにひっかかっていた、とか、そういうシーンですよね。
相手の気持ちを正確に知るむずかしさを感じました。

 

「うん、そうだね。あとは、それに加えて、“ふたつの視点で同じ現象を観させられること”によって、“これが正解という真実”なんてものは実は存在しえないんだ、ということも、この作品は提示しているのかもしれない。」

 

(後輩)どういう意味です?

「たとえば、“長男がどのタイミングで泣いたのか”という話題があったけどあれは、事実上は“火葬場に着いたあと”だったのかもしれないけど、心理上からみると、母親が言ったように“火葬場に行く前から”だったのかもしれない。どっちが正解だったと思う?」

 

(後輩)うーん、わたしとしては母親のいうように「火葬場に行く前から」だったんだろうなと思いましたが、でも次男たちをその説で説得しようとしても、信じたりはしないでしょうね。

「もともと長男に対して描いているバックグラウンドのイメージが、母親と次男では大きく異なるのもきっと影響しているよね。」

 

(後輩)はい。次男からすれば、長男はもともとおばあちゃんのために泣いたりなんてしない性格にしか見えてないですものね。
長男に聞けば答えはあるのかもしれないけれど、解釈みたいなことはけっこう誰の視点で見るかによって左右されるということですね。

「この“視点を変えて見ることによって正解さえも変わる”という感覚について、日常生活のなかでも日々きちんと過敏でいないといけないし、実体験としても蓄積させていかないと、“他人の気持ちをくむ”という本質はつかめないのかもしれない。そういうことを考えさせられる場面でもあったな。」

 

「あと、技巧的に気になったのは、せっかく物語を循環させてるのに、大部分はけっこう重複していて、同じシーンを2回繰り返してるだけになっちゃってる点。次男と母親、ふたりとも同じ空間にいた時間が長かったから、それだとそりゃそうなっちゃう。
ああいう物語構造にすると、脚本家はもっと“わかりやすく差異のあるシーン”をたくさん見せたくなっちゃうと思うんだよね、せっかくだしとか思って(笑)
でもこの脚本家はそういうことにはとらわれ過ぎないように注意して描いているんだろうなと思えた。」

 

2、“ありがち”を起点に

 

(後輩)でも総論すると、『こんな切り口は初めてだなー』とか『ここには心揺さぶられたなー』とか強く思えたかというと、前評判ほどは、心に響くポイントはなかったように思うなあ。

 

「そうなの?期待はずれだった?」

(後輩)いえ、演劇自体は楽しめたんですけど、なんというか想像のつく範囲の家族像のひとつかなというか。
父親は異常だし、兄の性格もゆがんでるし、姉の悩みとか、母親の悩みとか、でも“どこかで見たことがある”というか。共感性が生まれることには同意するんだけど、なんというか、驚くほどでもないというか。

 

「つまり、ありきたりだったと。」

(後輩)いえいえ、悪い印象ではないんです。鑑賞してなにか大切なものを見たなという手ごたえは残ってるんです。
「もっと驚かして欲しかった」とか「斬新さが欲しかった」とだけ言いたいわけじゃないんです、うまく表現できないけど…。

 

「ちょっとじゃあ一緒に整理してみよう、まず、キーワードをあげてみるね。(紙と鉛筆)」

(後輩)はい。

 

「まず、父親が暴力的で、家族を殴るし、お金を家に入れない。長男は子供の時から親に暴力を受けてたせいで拗ねて育ち内向的である。姉は家族のためにと思うばかりに視野が狭くなりがちで、みんなのためにと本人は心底願っているのだが、実は自分のためにが強すぎて空回りがちである。末っ子はいま一番大事にしてるのはバンド活動で、無邪気で夢見がちである。母親は、母親がもっとみんなを仲介して丁寧にコミュニケーションすれば改善できる局面があるはずなんだけど、大切なところで黙ってしまうクセがある。そして、痴呆でぼけてしまった祖母に、名前も顔も次々忘れられていくことに内心傷ついている家族。」


「ほら、こうやってキーワードを抜き出してみたら、“なんかありがちな感じ”というのはこういうことでしょう?」

 

(後輩)そうです!少女マンガなどでもどこかで読んだことあるキャラクターたちです。

 

「そう。でも、ここのフェイズまでは“ありがちにわざとしている”という目で見ておく必要がある。作者も絶対それには自覚的だし。」

 

(後輩)あ!作者も自覚的。

 

「うん、ぼくらがたった1回観劇して感じることなら、もう数百回稽古してる演出家からしたら、絶対自覚的。で、この作品のポイントは、『ありがちなことをありがちな話のまま』で終わらせないで、そこを起点にして『現実的な細部を積みあげていくことで、家族それぞれの人間らしい手触り感をうきぼりしてみせる』ということなんだと思う。
そこの手触り感が成功すると、鑑賞者側は、ひとつひとつのディテールのどこかに、自分自身の過去の思い出がフラッシュバックして、自らの物語を喚起させられる装置として機能している、ということなんじゃないかな、と思う。」

 

(後輩)たしかによく「家族のことを考えました」という感想を聞きますよね。


3、家族唯一の共同作業の賛美歌

 

(後輩)印象に残ったシーンはどこでしたか?

 

「一番は、最終幕のシーンが印象的だね。
冒頭に出てきた祖母の火葬のシーンに戻ってきてのエンディングなんだけど、このエンディングが、ふつうに考えたら“ふざけすぎなんじゃないの”と思えたのね。
頭のおかしい神父がでてきて、みんなで歌を歌おうとなって、棺をかつぎ、火葬の穴にきっちりハメられないから「もう一度やりなおし」とやりとりするシーン。家族みんな口々にののしり合いながら、次こそハメるぞとあーだこーだ言いながら。そして家族大合唱の讃美歌。
最後まで登場人物たちに感情移入はしきれずにきたんだけど、あそこのシーンがきて、急に感動しちゃって。」

 

「なんでなんだろうと考えると、あそこのシーンまできて、はからずもはじめて、家族の共同作業がおこなわれたということなんだろうと思う。
あんなに“家族みんなで”とがんばってもすれ違いすれ違いでなかなか実現できなかったのに、最後の最後でまったく他人の頭のおかしい神父が導いてしまうなんて、“奇跡のような縁”。」

「長男が「おい、もっとちゃんと持てよ、バランスおかしいだろ!」と怒鳴ったり、妹が「持ってるよお」と泣きべそかいたり、母親が持とうとすると長女が「いいよ、わたしが」と代わりに背負ったり。もうそれはまさしく“家族”というメタファーで、だれがどれだけ背負うかというやりとりに聞こえるし、文句いいながら、ケンカしながら、笑ったり泣いたりもしながら、それでも落とさないようにと支え合って持ち運んでいくもの。
そういう家族それぞれの感情があふれていて、ああいいなあと、ここのシーンは感動的だったな。」

 

(後輩)そのシーンをそう解釈するなら、長男も実は彼なりにどれほど家族思いだったかというのが見えますよね。

 

「うん、長男は、次男から見た視点とは全然ちがう印象になる代表格だよね。彼は幼いとき、心理的な逃げ場として祖母が救ってくれていたんだろうし、痴呆がでたあとも陰ながらに誰よりも祖母を看病して、おばあちゃん子だったのがよくわかったよね。
彼は彼なりに、家族を支えないとと思っているのがよかった。」


(後輩)長男は、ほんとはいい人だったんだなーとは気づけました。

 

「いい人なのかまではわからないけどね(笑)少なくとも家族を思う気持ちを、実はうちには秘めてるというところまでは、そうだろうね。
でも、彼は、もっとうまくやれるよね。
社会人になり、父親は高齢化し、家族はやり直したいと内在的に思ってる。いまこそ家族の中心にたてるはずのポジションにはいる。
そこの課題感を突破できるのかが、彼の今後の人生の課題になるんだろうね。」

 

(後輩)なんか、最後はお兄ちゃんの未来の心配になりましたね。あ、終電の時間です!急ぎましょう。

映画「勝手にふるえてろ」の感想文 ー他人との距離の内部化/外部化とその境界線について

(公開2017年12月・鑑賞2018年8月・更新2018年9月)

 

すごいよかった。
映画を通して、人と人との関係性における「内部化」と「外部化」と「その境界線」について考えさせられたので、かたよった視点だけどそこにフォーカスをあててメモしておく。


1、松岡茉優すごいよかった

いい女優だってうわさには聞いていたけど、松岡茉優の魅力をはじめて体感できた気がする。1995年生まれだからまだ23歳。最前線の売れっ子女優のオーラもあるし(ちょっと石原さとみにも似てる角度がある)、一方でマイナーなサブカルチャーな空気感もまとっている。(満島ひかりとかはそういうタイプと思う)
オタクの役だから余計にか。
主人公のヨシカ(松岡茉優)は、音楽はピコピコ打ち込み系を大音量。大きなヘッドホンで。休み時間に教室の隅でマンガを描いてる女の子。ラジオ番組のヘビーリスナー、「まぢ神」とかつぶやきながらクスクス笑って。空想オンナ。脳内召喚。深夜のネットサーフィン。趣味の多様性、アンモナイト、古代の化石コレクション。


2、人は変われる生き物である

オタクではあるが、でも生活はふつーにきちんとしている。
洋服のおしゃれは行き届いているし、部屋もポップにまとまっていてかわいらしい。美味しいものを食べるときは顔をほころばせるし、行きたい場所はクラブだし、登場人物の「ニ」(渡辺大地)がはじめて話しかけてきた頃から異性拒絶みたいにコミュニケーションがヒドイわけでもなかったし。お弁当をつくってきてデートみたいなピクニックもできる。

 

まったく普通の女の子。
つまり、すべての人にも“変われる可能性”はあるというメッセージだ。
ヨシカ(松岡茉優)は高校時代の回想シーンだとひとりも友達のいない根暗な女の子だったけど、社会人になったヨシカはこんなにも“まったく普通の女の子”。

 

誰の過去にも消せない烙印のような忘れたいいくつかの時代時代があるかもしれないが、人は変われる。
映画を見ながら、ぼくにも、すごくポジティブな記憶がある時代もあれば、すごくネガティヴな記憶のある時代もあるなあと、いろいろ思い出したり。
そういうキッカケにもなる映画だった。

 

映画とか鑑賞作品に触れるのは、物語を疑似体験しつつも、そうやってぜんぜん違うことに想いを馳せたり、日常生活だとなかなか考えないことを考える時間になったりするのも貴重だと思う。

 


3、“オタクの名前づけ”と“外部と内部との境界線”

そのオタクらしい能力発揮の延長線上で、ヨシカは“人にあだ名をつける”。
上司をクイーンの「フレディ」と呼んだり、数字の2がきちんと書けない霧島には「ニ」とつけたり。
名前を自分なりにつけることで対象を自分(たち)のテリトリー内のものとして、再定義をする。もとの形状のままだと外部の存在だが、あだ名をつけるという行為によって、内部化する。

だからこそヨシカの高校時代のあこがれの男の子「イチ」が、同窓会のシーンで「わたしの名前を覚えてくれていなかった」という事実が判明した瞬間に、こなごなに崩れ落ちるのだった。

10年ものあいだずっと片思いをしてきて何度も「イチ」との思い出のシーンを大切に大切にリフレインさせて過ごしてきたのに、「イチ」から見たら「わたしは外部であったのか」と。

「名前を覚えてもらえていなかったこと」に、とてつもなく、ヨシカは傷つく。

 

基本的にヨシカは、自虐的なほどに自己客観視する能力は高く、同窓会でみんなが自分の存在を覚えていないことにも想定内で臨んでいるし、だからこそ偽名をつかって同窓会を企画したんだし。
それなのにヨシカは、イチに名前を覚えてもらえていなかったことには、とてつもなく傷ついたのだった。「イチにだけは」と期待してしまっていたのである。いや、期待というよりも、ここは“名前を知らないとは思いもしなかった”というのが正しいのかもしれない。

あんなに常に「外界と内界の境界線」を意識して生きてきた子なのに。イチに「運動会で話しかけてくれたこと、覚えてなんてないよね?」と、そこまでは謙虚に質問できたのに。

 

「イチ」は、運動会の日にふたりで言葉を交わしたのを“忘れられない瞬間だった”と言って、“覚えていてくれた”。それに同窓会でふたりきりになった明け方のベランダでは、アンモナイトの趣味の共通性に“強い共感を感じる”と言って、“笑いかけてくれた”。恋がはじまるパーツはそろっているようにみえる。「イチ」は、スタート地点に立とうとして、素朴に名前をたずねただけだったのでは、と、ぼくなら思う。

名前の認知にそこまでこだわらなくても。

しかしヨシカは、とてつもなく傷つく。


4、どこまでが空想か?

この「イチ」が名前を覚えてくれていなかったと知った次の瞬間から、ムードは一変する。
映画の冒頭よりずっとヨシカが楽しく明るく会話し続けてきた街の人々が、話さなくなる。
「その人たちとは、一度も話したことなんてなかったよ」とヨシカが、説明をはじめる。ミュージカル調のリズムに乗せて。
この映画のもっとも重要なシーンといえる。

 

「外界」である街の人々に、あだ名をつけることによって、空想上で「内部化」し、想像のなかでヨシカは沢山の仲間に悩みを告白してきたのだった。その人たちのクセや特徴や行動パターンから、ヨシカが自分の中であだ名をつけて、“自分だけのキャラクター”にしてきたのだ。であれば「ニ」もそうだ。つまり「ニ」は、かなり初期からヨシカはもう、霧島を無意識のうちに“自分の中に「ニ」として内部化”させていたのだといえる。

 

このシーンが挟まれたことによって、この映画全編にわたり、
はたして「どこまでが現実で、どこからがヨシカの空想だったのか」と、鑑賞者側からはその“境界線”が強烈に曖昧になり、なにも信じられなくなる。

 

ひとつずつ、ヨシカが社会復帰するのと足並みをそろえながら、“現実との境界線がどこにあるのか”を確認する作業がはじまる。
ヨシカの会社の同僚のくるみ(石橋杏奈)は実在した。大ゲンカをしながらも、くるみはヨシカを現実世界とつないでくれる存在になる。
そして問題は「ニ」だ。
彼は、存在しているのか。ヨシカに実際に告白してくれたのか。
「ニ」さえも空想の産物だったとしたら救いがないと思って、それが判明するまでは見ていてつらかった。

 

でも、「ニ」は存在した。

他人をだれひとり、宅配便さえも踏み込ませないヨシカのアパートの玄関口の境界線に、むりやりカラダをはさみこんで「ニ」は、突入してくるのである。


5、名前に左右されるということ

あと、最後に余談的だけど、とてもキーになるシーンとして。

オカリナを夜な夜な吹くのであだ名は「オカリナ」(片桐はいり)とつけたアパートの隣人も、実在していたし、しかもヨシカとオカリナは空想のあいだがらではなく映像のとおり日常会話もしている実在的な関係だった。

 

映画の最後のほうのシーンで、
「オカリナ」は、“岡里奈”と書いて“オカリナと読む本名だった”と表札で判明する。
それでオカリナを好んで吹いていたのだった。

 

片桐はいりがいう、
「名前に支配されてきた人生なの。名前に左右されるって、大切でしょう?」

 

ほほえましくて、笑ってしまう。
そしてそれと同時に、
ここまで考えさせられてきた
「内部化/外部化」と「あだ名をつける行為」というふたつの重要な関係性は、前後関係があいまいになるというオカリナからの課題提起を受け、ここで大きく崩れ去るのである。

【週刊】今週のマーケティングニュース 約10選【18年9月第3週目(9/10~)】 (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

18年9月第3週目(9/10~9/16週)のマーケティング系ニュース

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は7点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、ジャック・マー突然の引退発表

・馬雲は会長職を引退して、教育慈善事業に専念する。

・その理由として中国のビジネス環境が悪化し国有企業が企業運営に対してますます干渉。
・習近平政権下で中国のインターネットは発展したが、同時に政府のコントロールもますます厳密に。

関連参考1>

 ・マーは1年後に退任し、ダニエル・チャン(張勇)CEOが後任となる 

関連参考2>

 

→アリババにはまだポテンシャルがあり、右肩上がりの最中での引退。

→Facebook、Google、Amazon、Softbankと、有名創業者はまだまだ引退しておらず、きっと刺激的で辞められない気持ちも想像つくし、実際辞めなくても在職のままやれることはたくさんある中、それでも自分なりの事業継承の課題に向き合った結果なのだろう。

→死ぬまで継がないのも主流だが、80歳越えたりすると流石に老害で、老人すぎると時代の流れが体感できないよねと感じちゃうので継承はほどほどがいいんだろうが、まだ52歳だと聞くともったいない感じはする。

 

2、EUの「リンク税」導入案、来年1月に成立か

 ・今回の指令案でインターネットの自由を求める人々が危険視するのは、11条と13条だ。

・11条はリンクを貼り外部サイトの内容表示する場合、権利元へライセンス料の支払いを求める規定で「リンク税」と呼ばれる。

・13条はユーザー投稿サイトは全ての投稿で著作権侵害のチェックを義務づける。

 

→GDPRから続く、EUによるFacebook・Googleの抑止策の流れ。

→直接ではなくても、経済圏内のビジネスが縮小することに間接的に巻き込まれて、そのダメージをどう最小限に済ますかを検討するためには、これらの最新状況を理解しておく必要がでちゃう。日本国内においては普通に考えると関係ないんだけど。

 

3、マーケティング支援にパーソナルデータを仲介:電通テックが情報銀行を設立

 

・生活者が預託した個人情報を資産として運用し、使用したデータに基づき対価インセンティブを生活者に還元するという、いわゆる情報銀行。

・独自調査では利用意向は25%程度。これまでにないサービス。

 

→将来的にどう化けるかわからん分野だから、まだすぐ明日からビジネスがはじまるタイミングではないけれど、会社を興しておいたりフィジビリティスタディを打っておいたりしておくのは良さそう。2020年以降くらいの布石。

 

4、Amazonが AbemaTVのようなライブストリーミング事業を準備中?

・各国のオリジナルコンテンツに力が入るビデオ市場と、もうひとつの可能性、ライブストリーミングに仕掛けるのではという考察。

・ゲーム実況中継「Twitich」を14年に約10億ドルで買収。

 

→ 最近Amazonの動画サイトを自宅のテレビで見てると、「primeビデオ」のというのか「Fire TV Stick」のというべきか、“あそこのプラットフォームの上”に、他社のコンテンツも並び始めていて、エントランスとしての、ポータルサイト的なポジションを築きつつある。

→その延長線上で、あそこの集客力でさらにどうマネタイズするのかを工夫するのは妥当だと思う。民放テレビが本格的にスイッチされてゆくとしたら、やはりAmazonなのかも。

 

5、ローソン銀行発足「新しい決済」を目指しキャッシュレス化に注力

・ローソン銀行が10日に発足され、一般向けサービスは10月15日に開始される。

・社長は「新しい決済の仕組みを提供したい」とし、キャッシュレス化にも注力。

・その際には、小売店の決済手数料などの負担低減にもチャレンジするという

 

→いまさら感のコンビニ銀行だけど、ただのATM利用収益という意味ではなく、役割の多様性があるのはあるので、「うだうだ考えて保持しないままよりは一回つくっちゃえ」というのは一理あるのかもしれない。

 

6、調剤薬局にヤマト運輸やアマゾンが参入する日

・薬剤の価格は政府が定めており患者から見ると差がない。どこに優位性を求めるかと言えば、立地です。

・しかし電子処方箋が導入され、医薬品のデリバリー自由化が進めば、ネット通販や運送業者が調剤業に参入してくるでしょう。

 

→ 典型的な(業界の)境界線の融解。

→特にこの医薬分野周辺って、閉じた世界の中でそこそこの金が回っているから、狙われやすい。

 

7、中国・配車アプリ運用タクシー、性暴力の温床に

・過去4年間に滴滴出行の運転手による性暴力やセクハラ事件は50件。

・故意殺人事件は2件、強姦事件は19件、強制猥褻事件は9件、まだ立件されていないセクハラ事件が15件。

・被害者は全て女性でうち7人は酩酊状態にあった。

 

→ 便利便利という明るい面だけでなく、こういう“新たに生まれる負の面”にもきっちり注目し議論がされることが重要。

 

以上。

【週刊】今週のマーケティングニュース 約10選【18年9月第2週目(9/3~)】 (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

18年9月第2週目(9/3~9/9週)のマーケティング系ニュース

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は7点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、ソフバンとヤフーのPayPay、ついにサービス概要が。QRコード決済の大本命?

・①ユーザーがアプリ上にQRコードを表示して“店舗側が”読み取るパターンと、②“ユーザーが”アプリで店舗側のQRコードを読み取るパターン、の2種類に対応。
・後者は「静的QRコード」と呼ばれる方式をサポート。

・今回判明した最大のインパクトは「PayPayの仕組みでAlipay顧客の支払いも受けられる」 アクワイアリング戦略。
・国内の消費支出が横ばい傾向の中、小売店における売上は “伸び続けるインバウンド客に依存”。この需要にあやかりたい声は大きい。

・このほか「個人間送金」が挙げられているのも見逃せないポイント。

・AlipayではPaytmを含むアジアの複数モバイル決済サービスと相互連携が行われており、互いのユーザーが国を行き来しても利用できる仕組みが整備されつつある。現在のPayPayのアクワイアリングは限定されているが、将来的には日本人でもAlipayが海外で使える導入にも期待したい。

 

→各社乱戦の様相の直後に、このPayPayは頭ひとつ飛びぬけた“ぜんぶ乗せ”のサービスをそろえてきたように感じる。手数料無料化ですそ野を広げ、ソフバンの人海戦術で全国営業をかけ、アリペイによるアジア集客力を魅力にすえる。

→たしかに4,000万人も訪日客がコンスタントに来るようになったというのは、世界観から変わる出来事なので、国産サービスのPayPayを通じて容易にアリペイ対応できるのは相当魅力なのでは。

→ただ、それでPayPay自身がどうマネタイズするのか、よくわかっていないが。

2、コーヒー大戦争 -スタバの中国売上にみるOMO型ゲームチェンジ

・中国デジタル環境の先進性
 ①モバイルペイメントが広まって 現金使用率は3%以下。現金が使えない店も登場。
 ②フードデリバリーサービスが広まり、街中のどんな店でも。

・中国でのスタバの状況は、14億人市場において3,300店舗を展開。22年までに6,000店舗を目指す。

・いま中国では 「OMO型のビジネスが勝つ構造」になっている。
・OMOとは「Online Merges Offline」の略。

・モバイルやIoTやセンサーの普及で、常時オンラインに接続されて全ての買い物や行動履歴が活用可能なデータになると
 ①もはやオフラインが存在しない状態。どんな状況でもID付きデータが取れる。
 ②オンやオフといったチャネルで分けるのはビジネス視点であり、ユーザはその時一番便利な方法を選ぶだけになる。

  

→O2OからOMOへ。つなぐというよりも、中国ではもう“混じり合っている”という状態を迎えており、早晩日本でもその状況を迎えることになりそう。

3、個人の信用格付け 企業提供 みずほ系がAI判定

・みずほ銀行とソフバンが共同出資する 「Jスコア」 は、10月からAIが判定した個人の信用ランク・格付けについて、

・本人の同意を得たうえで提携先企業も利用できるようにする。百貨店などは開拓したい顧客層を絞り込みやすくなるなどの活用を目指す。

 

→先週取りあげた「中国におけるセサミクレジット」の、日本版の挑戦。

→先行的にJスコアがはじめたが、類似の後続サービスがボコボコでてくるだろう。各社の「特性や強み」がここ数年で競われるだろう。

→「許諾数」もポイントになりそう。少人数すぎると活用法が限定される。

4、IoT/5G時代のビジネス共創拠点、KDDI DIGITAL GATEが虎ノ門オープン

・KDDI髙橋社長はデジタルトランスフォーメーションを「顧客とずっとつながっている世界」と位置づけ、

・モノを買って終わりのフロー型から、IoT・5Gによって顧客関係が恒常的に続くストック型に変わると指摘

関連>

・ KDDI、トヨタ、ソフトバンクがトップ3入り を果たした。

 

→ KDDIってこういうベンチャー投資にチカラいれてるんだね。

5、ソフトバンク、通信子会社IPOへの参加目指す銀行に融資要請

・携帯子会社ソフトバンクのIPOでは 約900億ドルのバリュエーション(約10兆円の株価評価)を模索していて、

・300億ドル相当の売り出しが実現した場合、アリババが14年に記録した250億ドルを抜き過去最大。

 

→なぜそんなに高評価になるんだろう、あまりに高すぎる。

6、体内にICチップ 国内30人以上 解錠や承認、電子決済にも 普及へ環境整備必要

・米国ではコピー機の使用や買い物ができるように希望する従業員の手に埋め込む企業も。
・スウェーデンでは電車の乗車券の代わりに使えるサービスもある。

 

→ データ更新型なのかな。アップデートにいちいち手術したくないな。まだ「スマホ持ってればいいかな」と思っちゃう。

7、ユーザーの42%が「フェイスブック離れ」 米調査

・利用停止は、18~29歳の年齢層でさらに顕著とみられ、携帯機器からフェイスブックアプリを消去したユーザーは44%にのぼる

 

→ アメリカ国内の話し。若年層はもう、グループ会社内のインスタグラムでひろっていけばいいと考えてるはず。

 

以上。

【週刊】今週のマーケティングニュース 約10選【18年8月第5週目(8/27~)】  (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

18年8月第5週目(8/27~9/2週)のマーケティング系ビジネスニュース

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は6点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、ライザップ東証1部上場へ 財務体制整備、数年内に 札証の取引激減必至

・グループ会社は娯楽施設運営や衣料品販売など 「81社」に上る。
・東証上場に向けて、同社は「事業拡大とともにグループの管理体制も強化し、利益を生み出す体質をつくりたい」としている。

 

→新興ベンチャーから81社もグループ会社あるのすごい。

→企業サイトをみると、企業ビジョンは『「人は変われる。」を証明する。』で、強みは『商品サービスの企画力と販売力(マーケティング力)』とある。

→この強いキーコンセプトを軸にして、業種に関わらず同じ方向性でブランド変革していくライザップビジネスのパターンができつつあるようだが、それでも81社は多いな。どう“企業としての体質改善”も推進できるか、経過を見るのは楽しみ。

2、信用経済先進国中国に学ぶ シェアサービス。「セサミクレジット」とは

・中国の信用経済の根底は 「セサミクレジット」という個人の信用状況を示す指数。スコアが低いと結婚相談所も使えない。
・上海で乗ったDiDiのタクシーで信用経済を見た。サービスがよく水が用意してあったり日本のタクシーよりよかった。
・中国で信用経済が発達したのは 国民同士が信用しあっていないから。電子決済が発達したのもリアルマネーを信じていないから。そこが日本とは違う。
・日本は中国とは違うスコアの作り方を考えないといけない。中国のセサミクレジットは 減点方式だが 日本では加点方式が合う。

 

 

→この個人に付与する「信頼スコア」の概念は、ここから日本でも注目が高まるかもなので注目。

→金融機関での与信などに信頼度の考え方は従来からあるが、より業界横断的な開かれた展開に使える“個人スコア”が中国では活用されはじめている。ここもまたアリババが握っている。
→シェアリングやフィンテックといった新興分野への親和性が高く、こういった分野が一層活況になるフェイズがくると、必然的にセサミクレジットの概念も注目されそう。

→でもこれって「個人の格付け」みたいなスコアが、企業内でこっそり運用されるのではなく、個人にも可視化された形で流通するスコアになるのだとすると、ちょっと画期的な感じがする。ほかに似たものがあるだろうか。ゴールドカードとかか?(古いイメージ…)

→広く横断的に使えたらそりゃあ便利だろうが、そうなるとまたどこのプラットフォーマが握るかと勢力争いも起こりそう。でもビッグデータ・パーソナルデータ・情報銀行・シェアリングといったものの活用先として、登場はしてくる概念だろう。つつましやかな日本人文化に向いているかはわからんが。

3、動画は見るから撮る時代に。ムービーネイティブ世代に向けたマーケティング術

・ストーリーズとTik Tokの2つに共通しているのは 「安心感の担保」。
・これにより元来は動画撮影に消極的だった女性たちの間に 動画を撮る文化が根付き、利用者が急増。
・今後、それに続く新しいトレンドとなりそうなのが、「動画を検索する」行為です。
・見ることはもちろん、撮ることも抵抗少なく、さらに動画で検索をするなど、動画を当たり前に使いこなす「ムービーネイティブ世代」なのです。

 

→くるぞくるぞと言われながら、まさに2018年は完全に一般化浸透が進んだ感のある動画アプリ分野。特にTikTokの追い上げに勢いを感じる。日本人にはまった理由を整理しておきたいので、また別途まとめる。

→「ムービーネイティブ世代」というのは、たしかにそうだなと肌でも感じていて、動画のアップにあれだけ抵抗感がないなんて信じられないので、各社きちんとこの世代の価値観を早めに分析して理解しておくとよさそう。前世代との断絶感さえ感じる。

4、「ユニクロIQ」という新体験。店で買うからモバイルで買うへ

・テキストや音声による 「チャットショッピング」という新しい買い方 を広げていく。

・チャットボットの草創期は遊び感覚だったが実用化の段階に。いち早くカスタマーセンターとショッピング機能を融合していく。

 

→これは既定路線の変化の流れ。「メールからチャットへ、チャットから音声へ」という簡易化の流れに、ユニクロが、フロンティアとして最前線に飛び込んだという印象。先行優位か後攻優位か。

→“自宅のスマートスピーカー”というプラットフォーム争奪戦がじわじわ起こっている中、自社オウンドならではの使い勝手を実現して、“買い物の選択検討時のおすすめ”と“カスタマーセンター機能である相談窓口”を、どうつなぎどう効率化させるかがポイント。

→カスタマーセンターって、本来は極力稼働させないのが王道だと思うので、それを“逆に顧客接点機会増/顧客のブランド体験といった武器に変化していけるか”みたいな戦いなのかなと感じる。

5、米ウーバー「自動車より自転車に注力へ」CEOが表明

・コスロシャヒCEOは、自転車やキックボードなど1人で移動できる乗り物の方が都市内の移動には適していると述べた。

・「利益減少の可能性があるとしても、電動キックボードと自転車事業に重点を置く計画だ」と明かした。

 

→なんか、西海岸なりの課題への対応なんだろうと推察してる。ふつうに考えると、自転車はそんな大きいビジネスにならないという固定観念があるから、この情報だけだと信じられないし理解できないな。「クルマだけじゃなくて、そっちもおさえておく」くらいなら意味はわかるけど。

 

6、ゾゾが挑む女性下着、「ゾゾブラ」への期待と不安

 ・同社が サイズを起点にPBを始める と発表したときから、下着への参入は必然と感じていた。そしてついに「ゾゾブラ」が誕生する。
・発表後すぐに開発の採用活動開始。8月半ばまでの2週間限定で募集を実施した。

 

→これも、今週のトピックスで書いたライザップと同類だと理解してるんだけど、『サイズを起点に』という強いキーコンセプトにひっぱられてブランドが成長加速しつつあって、成功体験が積みあがってくるとあとは順に「サイズ悩み系のカテゴリーを順番に準備していく」というパターンに自信を持って臨めばいい。きっとこういうのが“強い戦略”というんだろう。

→まだ大ヒットしてるわけではないから、実際はここからだけど。 

 

以上、今週のニュースまとめでした。 

【週刊】今週のマーケティングニュース 約10選【18年8月第4週目(8/20~)】  (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

18年8月第4週目(8/20~8/26週)のマーケティング系ニュース

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は7点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、携帯料金4割下げ可能と菅氏、大手各社の株価が軒並み急落

・「19年10月の消費増税を前に、家計負担を減らせる分野としてモバイル料がターゲットに」。
・総裁選前の政治関心が高まる時期。ただ、政府に値下げ規制の行政権限はないとも指摘。

関連記事>

・そもそも日本の携帯料金は本当に高いのだろうか。
・日本の大手キャリアの品質は世界的に見ても高い水準にある。
・ドイツの高速鉄道ICEでは、都市部を外れるとすぐに3Gよりも遅い2Gに落ちてしまう。
・このように品質の高さを考えれば、日本の携帯料金は決して高くはないと筆者は考えている。

 

→大きな家計支出であることは事実。通信料を減額できれば、消費税増税時の心理的緩和になるはずという政府の狙いはわかりやすい。

→対して関連記事では「高い品質維持の問題」など、本当に携帯料金の値下げが“国益のために正しいか”が問われている。
→通信分野の強化は「国際的なインフラ競争力」でもあり、延長線上ではIoTや5Gや自動運転など新技術の源泉にもつながる。

→消費者から見たら「おさえたい出費である」のは賛成だけど、そこを削ることで「中期的な国土発展のインフラ整備投資」を削ることにつながりはしないか。

→正解はわかりませんが、目先だけになってないといいけれどと思った。

2、CookpadTVが三菱商事から40億円調達、共同で新事業も

・中でも cookpadstoreTV は全国のスーパーマーケットからの要望が高く、独自開発した「店頭サイネージ端末」の設置台数は1万台突破予定。

・配信している料理動画の週間閲覧者数も350万人を超えたという。

・今回タッグを組む三菱商事は、原料調達から小売まで食のバリューチェーンに事業アセットを持ち、グローバルで食品関連の事業を展開。

・資本提携を通じ三菱商事のネットワークやノウハウを活用し、cookpad storeTVの成長スピード加速が狙い。海外進出も視野に。

関連記事(1)>

・生鮮食品を扱うネットスーパー事業と、料理の作り方を紹介するレシピ動画配信サービス(クラシル)を連動させる方針を明らかにした。
・「レシピの食材をネットで購入できるようにしたい」と述べた。

関連記事(2)>

・どのジャンルのライブ配信でも言えるが「プラットフォームよりもコンテンツよりも人」の時代であること。

・ゆうこすは、今後のライブコマースの課題として「販売する側の熱量をどれだけ届けられるのか」と提唱。

 

→今後注目のデジタルサイネージ分野の中でも「店頭サイネージ」と言われる“小売店頭におかれる販促動画”に、クックパッドは戦略的な展開中。

→ネットで蓄積された「レシピデータという財産」を、“より買い場に近いところで”実際のアクション向けに転用するという発想で、展開ビジネスとして良いアイデアの感じする。

→“端末開発から抱える”ことで、売り切りではなく「そこで何を放映するか」という継続的な関係性からビジネスを産む部分もおさえておく考えだろう。さりげなく、リアルの全国店頭にも新たにプラットフォームを置くようなイメージ。

→一方で、<関連記事1>のヤフーのように、ネットスーパー側でも生鮮分野への挑戦が強化中。「生鮮はリアル購買」という文化がまだ強いが、世代が変わりデジタルネイティブが家庭を持ちだすことで、ジワジワとは生鮮のネット販売分野も比率を高めてくる可能性は高い。

→またもう一方で、「ライブコマース」はここ数年盛りあがりそうな様相を見せたが、いまいち広がりきらないとの報道。店頭小売で例えると、ライブコマースは“実演販売”の分野。コミュニケーションの職人芸で衝動買いを喚起させる仕組み

→まとめると、“非計画購買や衝動購買の要素があるモノ” については、「買う直前の“今日は何にしようかな”というタイミングで喚起を狙う」だったり「おいしそう!と感じた瞬間に、パッと購入できる仕組みを準備する」という勝ちパターンがあり、

つまり店頭サイネージとライブコマースは、根っこの部分で「目的に類似性がある」といえる。今後、互いを補い合うソリューションがでてくる気もするので、注目しておきたい。

3、Netflixが国内料金値上げ、最大350円

・15年に日本市場に参入以来、値上げは今回が初めて。しかし海外では五月雨に値上げしてきた。

・各国毎の契約者数やその伸びを公表していないが「日本国内の契約者数の伸びは加速している」。

・「CM動画導入の検討」は誤解。しかし「レコメンドを強化」はその通り。
・Netflixのビジネスモデルは「コンテンツで顧客の興味をつなげ契約をできる限り長期にする」ことにある。
・見るものがなくなったと思われると解約につながるので、こうしたレコメンデーション系機能の導入に積極的なのである。 

 

→サブスクリプションビジネスにとって「レコメンド機能の強化は生命線」であることがよくわかる良記事。

→「コンテンツ数」がまず売りだけど、いくら数万コンテンツあってもそのコンテンツすべてをユーザーが把握できる量ではないので、その人好みの楽しめるコンテンツが本当は内在しているのに出会えないまま「最近見るものがなくなった」と離脱するのが、マーケティングの一番の失敗。これを抑止するために機能強化を推進している。

4、銀行がLINEペイに到底勝てない根本理由

・アリペイも決済サービスをほぼ無料で提供。

・アリペイはそこから得られる取引履歴を自社でのターゲット広告、または他社に販売し稼ぐビジネスモデル。

・つまり 決済サービスは本業ではなく、そこで儲ける必要がないため無料にできる。

 

→「本業で儲けた収益でのセカンドビジネスなので、決済サービスで儲ける必要がないため無料にできるので強い」というまとめ方は構造としては間違っていないが、一会社員としての目線からすると、「そんなに単純な話しでもないんだけどね」とも思う。

→各企業が大きな戦略ビジョンを描く中で「稼ぐ場所の棲み分けがきちんと設定され、それぞれの事業のビジネス目的も明確に描けている会社は強い」という表現のほうが正しい。

→ほんとに全体戦略書くのが相当上手な会社じゃないと、「ここで稼がなくてもよいという事業を立ち上げる」のはなかなか難しい。事業部が立ち上がると、どうしてもマネジメントが部門採算制になって、結局どのサービスもなんだかんだ稼がないといけない計画が立てられがちで、中途半端な方針しか打ち出せなくなり数年で撤退みたいなことが起こる。

→全体戦略を描き、その判断が打てる上位層が重要だと感じる。

 

5、決済電子化で税優遇を政府検討。QRなど導入促す

・中小の小売店には決済額に応じて 時限的な税制優遇を検討する。

・世界的な決済手段の標準となりつつある キャッシュレスで、日本は出遅れている。

・政府は、消費者の利便性や企業の生産性向上につなげる目的。

 

→私はキャッシュレス推進賛成派なのでどんどんやってみればいいという記事だけど、参入がバカみたいに乱立してきてるから交通整理は必要だろうな。

→あんまり各社サービスが分散しちゃって「統一利用ができないと不便」で、それだとアクティブユーザー数がきっと伸び悩むので、“サービスをある程度の数に収斂する”のも政府の仕事の気がする。

→昔だったら参入するにも投資が相当必要なので大企業しかエントリーできなかったものだけど、IT技術によって参入障壁が低くなっている側面もうかがえる。

 

6、訪日外国人2,000万人過去最速 「観光は地方創生、成長戦略の柱」官房長官が意欲

・2020年に訪日客4,000万人の目標達成に向け、国立公園の整備や魅力発信などに取り組む考えを示した。

 

→日本には約1億2000万人の人口がいて、史上最大の4,000万人の訪日外国人の規模感になると、「在住国民の約33%の割合がインバウンド客」となる。

→この比率はなかなかすごいことだと思うが、「国際的な観光立国」に比べたらまだまだ大したことない比率なのだろうか。全然感覚がないので、ちょっと調べてみよう。

 

 

以上、今週のニュースまとめでした。 

【週刊】今週のマーケティングニュース 約10選【18年8月第3週目(8/13~)】 (ビジネスニュース・まとめ・おすすめ)

18年8月13日~08月19日週のトピックス

専門はマーケティング系だが、ビジネスモデル・経営判断・テクノロジー・データドリブンなども。
それらの分野で「これは今後重要になってきそうだな」というニュースを毎週10選以内に絞り、背景と感想を整理しておく。

今週は7点。重要だなと思う順に、記事引用→感想で構成。

 

1、TikTok 運営の中国企業、企業価値「8兆円」でウーバーを突破か

https://forbesjapan.com/articles/detail/22532

・企業価値は700億ドルから750億ドル(約8.3兆円)を見込む。
・動画アプリ「Tik Tok」やニュースアプリ「今日頭条(Jinri Toutiao)」、Tik Tokの中国国内版「抖音(ドウイン)」で知られる同社。

10代の 「TikTok」認知率は7割越え/YouTube広告への印象は

https://markezine.jp/article/detail/28911

・10代に限定すると、YouTube(88.3%)、ツイキャス(73.6%)、Tik Tok(71.5%)、LINE LIVE(69.5%)、MixChannel(62.0%)。

→急浮上のTikTok。ここからぐんぐん注目あがりそう。8兆円は異常だけど。

→「アプリ滞在時間」が異様に高いそうで、それは商品価値の高さに繋がる。

実際最近使ってたんだけど、UIが良いのと動画にリズムがあるせいか依存症が出てきてずっと見ちゃう。時間があまってる地方の10代なんて見続けちゃうだろうな。

2、オリエンタルランド社長「ファストパスのデジタル化」を検討

https://mainichi.jp/articles/20180818/k00/00m/020/157000c

・「ファストパス」のデジタル化を検討する。情報技術(IT)を活用して待ち時間を短縮し、来園者の満足度を高めたい考えだ。

・現在のファストパスは紙製で、来園者はいったんアトラクションまで移動して取得する必要がある。これを園内のどこからでもスマートフォンなどを通じて取得できる仕組みにする。 

 →早くやればいい。やらない理由がないものな。

3、キリンが“1万5000人待ち”の 「月額制ビール」 を始めたワケ

https://trend.nikkeibp.co.jp/atcl/contents/feature/00055/00001/

・月額6900円で自宅用のビールサーバーを借りられるサービスだ。
・毎月ビールサーバー向けの「一番搾りプレミアム」(1リットルペットボトル×4本)が、工場から自宅に直送される仕組み。 

→ジャンルの垣根なく広がってきているサブスクリプション戦略。この“広がり”を網羅的に整理してくれてるサイトとかあると助かるな。

→サブスクリプションって決して目新しいビジネスモデルではないんだけど、WEBとスマホの発展で過去にはやりにくかった方法がとれるようになってきたのが大きい。意外と2020年代もこのサブスクリプションプランの発想力の有り無しが、ビジネスを左右する要素もでてきそう。

→当記事の「ビールの月額制」も斬新。この発想には「メーカーが、流通抜きで直販するビジネスモデルの可能性」も模索されている。

→このようにサブスクリプション周辺には「①プラットフォーマーがメーカーを集約する流れ」と「②メーカーがプラットフォーマーに挑戦する流れ」の、両方の挑戦が並行で模索されているように感じてるんだけど、絵にしないとわかりにくいので今度してみます。


4、西友を買収 するのはどこか、「ドンキ」か「アマゾン」か。

https://diamond.jp/articles/-/177598

・老朽の不採算店も多い西友をまるごと買収することは荷が重い。
・実際、事業説明会の質疑応答でも「優良店舗だけ切り売りした場合ならば魅力があるのか」という質問が出て
・大原社長が「そんなおいしい話があればぜひご仲介いただきたい」。
・もしアマゾンが日本でも本格的にアマゾンフレッシュを展開するとしたら大型スーパーを買収するのが近道。
・スーパーの店舗が「その地域の宅配のための倉庫の役割」 を果たせることにある。
・その際、都心の繁華街にある店舗は要らない。必要なのは消費者が実際に暮らしている住宅地の店舗である。

 →土地も店舗も持ってないネット企業と比べちゃうと、大型店舗って事業が傾きだすと固定資産がでかすぎて赤字垂れ流す原因になる不便な存在に見えるんだが、かといって容易に手を出せないからこそ参入障壁にもなり得てる。

→その「全国中にリアル店舗がある」ということの“副産物”として、「日本中に倉庫の役割としても機能する」という現象ってほかにもある。

→古くはATMの設置もそうだったし、ヨドバシカメラがネット販売を強化している発想の根底もこの店舗倉庫活用だ。最近だと、個人宅配ロッカーをすべてのマンションにつけるにはまだ時間がかかるため、「最寄りの駅前大型店舗に個人ロッカーを持ってもらおう」というビジネスも始まっている。

 

5、「Echo Spot」で料理下手を克服できるか? クックパッドスキルを試してみた

https://www.businessinsider.jp/post-173373

・EchoSpotは日本発売する唯一の 「画面付きスマートスピーカー」。
・画面+読み上げで料理の手順がわかるため、料理初心者でも一品が作れる。
・ただしスキルを使うとタイマー機能を使えない。

→スマートスピーカーに「画面がつきはじめる」のはごく妥当な流れだと思うが、そうなるとますますスマホに近づいてきている気がする。スマホにスマートスピーカーの機能を搭載してくれれば、スマートスピーカーを買わなくても「スマホがあれば解決」できるはず。

→Amazonにはスマホがないので、スマートスピーカー戦略をとるのは当然。その流れに乗る必要はないはずだ。(スマホも、販売数の“伸び”がシュリンクしてきている今、違うガジッドが登場するほうが企業は助かるのかもしれないけれど)

 

6、パナとNECが激突、空港 「顔認証」ゲートの戦い

 

・5社が参加する熾烈な入札でパナソニックが落札。18年時点で計134台、総額約16億円分の受注。
・パナソニックに鼻を明かされたのが顔認証世界一を標榜するNEC。東京五輪では会場への入退場用に顔認証システムの採用が決まっている。
・日本の法務省も空港の顔認証ゲートで取得したデータの扱いについて慎重に議論を重ねた。
・保存することも検討したというが「データが漏洩した際のリスクも鑑み、顔の認証が完了した段階でデータを消去することにした。

→「顔認証」は、カードなど何も出さないで個人認証してくれる便利な方法なので活用は進む。空港や東京五輪というシンボリックな場所での一次活用がまず無事に進めば広がっていくだろう。

→こういう分野のニュースでは必ず個人情報の問題が大きく取り上げられるが、問題は「悪用を防げるかどうか」だけであって、一流企業が保有するのはバンバン保有して二次利用、3次利用に発展させてくれたほうが、生活の利便性は上がるだろうにな。誰が気にしているのかをきちんと調べて一律でない対応策をきちんとたてないと利便性があがってこないと思う(まあイメージだと高齢者の問題と思うが)

 

7、ケーススタディ:大塚家具 転落の主要因は何か?

→今週は、大塚家具の「下方修正赤字」が大きく取り上げられた週でした。

→久美子社長がいかにボンクラだったかとたくさんの人が叩いているが、私は比較的同情的。誰が経営に就いても、非常に難しい舵取りを有するタイミングだったよなと思う。君ならやれましたかと言われたら、やれない。今の時代で「高級家具販売をあの規模感の収益構造で維持もしくは発展させる」というのは不可能ではないか。

時代に合わせて無くなっていく事業モデルというのは必ず存在するので(ちょんまげ結い・鉄砲大量生産工場など)、あとはそこに「どうあらがうか」だけなのだ。

 

以上、18年8月13日週でした。