気持ちデータの観察考察

専門はマーケティング分野とかデータ活用。生活者の暮らしはどうデータ化が進み、どう活用され、どう幸せにつながり、それにともない人の気持ちや感情や人生は、どうアップデートされるか。

『いだてん』大河ドラマ全話感想と脚本の構造分析【第1〜4話まで(2019年1月分)】(クドカン脚本の仕組みをよみとく)

全話感想に挑戦。

下にいくほど古い回の感想です。
特に脚本家のクドカンがどういう狙いや仕組みで『いだてん』を書いてるのかを考察する。

 

まずは第1話からなので、「どんな世界観になるのか」がまず興味深い。

 

==========================
◆第4話「小便小僧」
==========================

f:id:marumiyamo:20190201052448j:image

 

1、反復する稽古

第4話のテーマをひとつとりあげるとすると、私は「稽古の重要性」を挙げたい。

金栗四三は東京高等師範学校に入学し「徒歩部(今でいう陸上部)」に入部することになり、とにかくよく走り稽古を重ねるシーンが沢山でてくる。小高い丘を登ったり下ったり。6里(24キロ)の大会に出たり。
徒歩部の他にも、同じ寮生である柔道日本一の大男(徳 三宝という実在する柔道家)が、朝の稽古前に誰よりも早くきて1人稽古をやっているシーンが描かれもした。寒い早朝の、泥臭い反復稽古。

この物語の中心的人物のひとりが講道館柔道創始者の嘉納治五郎であるが、経歴を読んでいると、彼は鍛錬修行/反復稽古を特に重んじる人物であったことがわかる。中でも“寒稽古”について書いてある辞書から引用しよう。

武道においては〈寒稽古〉と並んで〈暑中稽古〉もあるが,寒さ暑さに対して逃避するのでなく,かえって積極的に行うことによって寒暑二つに安住するという思想は,禅語の〈寒は寒殺,暑は熱殺〉に通じるものがある。このような〈寒修行〉を,教育的立場から近代武道に導入したのは嘉納治五郎で,1894年,講道館の教育計画の中に〈寒稽古〉としてとり入れたのがその最初である。

寒稽古とは、寒の時期に、武道や芸事の修練を行うこと。技術の向上とともに、寒さに耐えながら稽古をやり遂げることで、精神の鍛錬をするという目的にも重きをおかれて行われるものである。

それと、もう一つは、落語だ。
1960年のシーンはいまのところ落語が中心。
五りんの彼女の阿部知恵(川栄李奈)が志ん生にむかって「彼はどう、良い落語家になれそう?」と尋ねる。「まだわからんね」。

落語家も“反復”の職業だ。

 

“稽古”なくして成功はない。それを丁寧に印象づける回だったといえる。

 

2、「自然に従え」という考え方

その稽古の内容のひとつとして「油抜き走法」というものが描かれた。
身体をかるくするために何日も水分を断ち、毛布をかぶり汗をかいて過ごすといった訓練で、現代からみれば非科学的でカラダに悪いとすぐわかるようなものだが、明治には実際に信じられていた方法のようだ。
たとえば昭和になっても“ウサギ跳び文化”はまだまだ残っていて、1990年代になってやっと「膝を悪くする」という情報が広がり部活動で推奨されなくなった。“油抜き”もそういう仲間だろう。

 

四三は油抜き8日目にして身体に変調をきたして倒れ、水をガブガブ飲むことで復活する。これを機に、四三は「自然に従え」という考えに至り、“欲求に逆らわず”に走りたいだけ走り食べたいだけ食べて過ごすスタイルを確立する。

 

志ん生との共通性をここに描く。
破天荒で人生波瀾万丈の志ん生が、寄席の前に酒を隠れて飲む。飲みたいから飲む。
落語演目「芝浜」の、断酒をして仕事に打ち込み、努力に努力を重ねた男が最後酒を口にしようとして「夢になっちゃいけねえ」と酒を控えるシーンを弟子に説明しながら、自分は酒を口にする。「欲求に逆らわず、自然に従う」。

反復稽古は重んじながらも、“楽しみながらやりたいようにやってみる”という精神の大切さを描いてみせた。


3、足袋の播磨屋が初登場

第4話にしてはじめて足袋屋の『播磨屋』が登場する。ピエール瀧が演じる主人と、その幼い子供が手伝いをしている。
四三が、早く走るための重要な改善課題のひとつとして挙げたのが“履き物”で、それまで四三はワラジで走っていたが長距離になると尾が切れてしまう。そこで思いついたのが足袋で、播磨屋を訪れるのである。
「金栗四三と播磨屋の長い長い付き合いのはじまりでした」とナレーションがはいり、この物語における播磨屋の重要性がうかがえる。

 

場面が変わって1960年。
「五りんはどこに」と志ん生が五りんの彼女に尋ねると、「母親が昔に働いていた“播磨屋”という店にいくらしい」と言う。

 

時空を超え、物語がからみあっていく。

 

50年の年月のあいだに何があったか。

1910年のあの幼いお手伝いの息子が、1960年だとおよそ55歳ほどになっているはずだ。
時を越え、空間を越え、物語がつながる。


4、第4話ぶんを終えて。リフレインメソッド

これで放送開始から1ヶ月、4話ぶんの放映が終わった。
この全4話で、いろいろな背景情報は整理されつくして、どの時代のどの町にどういう人が暮らしていてどんな課題と向き合っているのかは、ほぼつかめた。

 

4話目で特徴的だったのは、あらためて1話目の大切なシーンに戻って、同じ台詞をくりかえし喋らしたりしたことだ。

四三の生い立ちから上京、志ん生の性格から落語との出会いまでを観たが、4話目ではあらためて、嘉納治五郎が「どれほどの思いでオリンピック誘致を進めてきたか」が再度描かれた。
各署から止められながらもオリンピック出場を独断で押し通し、体調をくずし借金を重ね、病状で夢を語る治五郎。どれほど“いだてんの登場”を待ち望んでいるかも伝わってくる。

 

これは演劇手法でいう「リフレイン」メソッドとも言える。
象徴的な場面を別の角度からもくりかえし見せることで多面的な奥行きをつくりだす方法。

 

この物語は嘉納治五郎の夢、「オリンピックへの軌跡なのである」と、放映1ヶ月の節目でもう一度再確認を描いたのであった。


5、『小便小僧』というタイトルは

この作品には毎話、タイトルがついているが、あんまりその回の内容を直接的に言い表してはいないなと思う。
第4話は「小便小僧」だ。

 

マラソン大会のスタート直前に四三はトイレにいくのを忘れていて、あわてて草陰に隠れて用を足す。その草陰の真上に嘉納治五郎の部屋があり、小便をしているところが永井教授(杉本哲太)に見つかり「早く行け!」と怒鳴られる。
小便小僧の逸話といえばこのシーンだ。

 

ただ、まああえて、深読みすると「小便小僧」というタイトルは、
のちのオリンピアン金栗四三も、のちの大名人古今亭志ん生も、“まだ何者でもない小便くさいガキであった頃”という意味なのかなと、考えてみました。

 

 

◎◎(あらすじ)公式サイトより◎◎
高師のマラソン大会で3位となった四三(中村勘九郎)。表彰式で憧れの嘉納治五郎(役所広司)に声をかけられてさらに発奮し、むちゃな練習を敢行する。そのころの嘉納は日本初のオリンピック予選開催を前に山積する難題に頭を抱えていた。頼みの綱の三島弥彦(生田斗真)も当てにならない。志ん生(ビートたけし)は嘉納の苦労を弟子の五りん(神木隆之介)に語るうちに酒を飲んでしまう。ほろ酔いで高座に上がった志ん生が語る噺(はなし)とは──。

 

 

==========================
◆第3話「冒険世界」
==========================

f:id:marumiyamo:20190126121417p:image

1、
今回は「上京し、マラソンに初めて出会う」という回だった。

 

東京高等師範学校に合格し、東京に出てくる過程が丁寧に描かれた。長旅で、乗り物酔いし、満員で、スリもいる。何日もかけて熊本から上京。心理的に肉体的に東京とのとてつもない距離感。

1906年時点の列車交通事情を少し調べてみたけど、うまく乗り継いでも丸2日はかかるから、2-4日はかけて移動してそうだ。大変。

漱石帰国時の鉄道事情

 

2、
四三は東京でも“いだてん通学”を継続し、バスに乗らず走って通う。「学校までは約1里しかなく(1里は約4km)、走れば20分程度」とナレーションされていたが、この時代の東京高等師範学校の場所を調べると現在の茗荷谷駅のそばにある。

寄宿舎のある御茶ノ水からGoogleマップで距離を測ると「4.2km、ほぼ平坦です」とのこと。ぴったり。四三はこの道を走ったのだろう。

f:id:marumiyamo:20190126121556j:image

 

3、
新橋につくたびに美川君(勝地涼)は浅草へ行きたがる。そこでお梅(橋本愛)と出会い、やったかやってないのかはわからんが夜遅くまで2人で過ごすのは過ごした。このお梅、今のところ3話ともに登場してるので、この役、意外と大切なのかもしれない。

3話連続で登場したといえば凌雲閣、通称、浅草十二階。1890年に建設され、1923年の関東大震災で崩壊。短命な建造物なのに戦前のランドマークのひとつとして語り継がれている展望塔。

 

映像技術としての再現も見応えある。
にぎやかな浅草の街並みの再現、その奥にそびえる十二階。
浅草が一番華やかな時代。

凌雲閣の中のレストランみたいな場所で天狗倶楽部が集まってるシーンがあったが、凌雲閣の中にあんな風に食事のとれる場所がほんとにあったのかしら。

f:id:marumiyamo:20190126121612j:image


4、
今回は志ん生の家の茶の間のシーンから物語開始。久しぶりの1959年。
庭先で弟子の五りん(神木隆之介)が突然水かぶりをやる。これは金栗四三の習慣と同じで、時代を越えての縁がうかがえる。ドラマの多層構造上の接点が垣間見える。五りんは、志ん生の家を訪ねてきた時に「父が満州で志ん生に会い、志ん生最高!という葉書を送ってきた」と語っていた。

 

第3話の最後のほうのシーンでは、1910年浅草、若き日の志ん生が夜道でブツブツ落語をさらっている背後を、四三が大声で歌を歌いながら走り過ぎ、志ん生が「うるせえ!」と怒鳴るシーンが描かれた。これがふたりの初めての接触シーン。
第2話では遠く離れた場所にいたこのふたりが、その後、どう関係していくのか。

 

ちなみに、この1960年頃、志ん生は日暮里にもう住んでいるはずだから、あの居間は日暮里の家といえる。日暮里に住み始めてのち志ん生はあだ名として「日暮里、日暮里」と呼ばれて愛され、1973年の最期までこの家で暮らした。

(私の今の住まいが日暮里にほど近い荒川区で、一度志ん生の終の住処を散策したことがあり感慨深い。ついでに記しておくと、今回登場した雑誌「冒険世界」の出版社はまだ現存しており、調べたら現在は荒川区の日暮里近くに本社があるそうだ。縁深い。)

あと、3話では初めて志ん生の奥さん役が登場したが、演者が池波志乃。本物の志ん生の実の孫だ。


5、
浅草で、四三は、天狗倶楽部のマラソン大会に鉢合わせる。運命のマラソンとの出会い。
第3話は「出会いの回」と言えるのかもしれない。
四三は走るのが好きで気持ち良さも達成感も感じていたがそれでもなお「走るのはあくまで移動のため」という域はでていなかった。
なのに、初めて出会ったマラソンは、“ぐるぐると同じ場所を回り続けて”いるだけで移動しているわけでなく“速さを競っている”という。
まったく新しい価値観を目の当たりし、いわゆるパラダイムシフトが四三のなかで起こった瞬間。

 

そして第3話のタイトルは「冒険世界」。雑誌のタイトルでもあり、その雑誌は、冒険小説やスポーツ記事を掲載する少しオシャレでヤンチャな雑誌のようで、ハイカラな服装をした山本美月演じる記者が、美男子の人気者三島弥彦(生田斗真)を取材する。
“スポーツ”が、若者たちを筆頭にこれから流行の先端のように盛り上がろうとする時代の息吹が感じとれる。

 

寄宿舎に戻り、マラソン大会参加のポスターを見つける四三。
本日のサゲは、「肋木(ろくぼく)のあいだから、世界が見えたようでございます」。

そして、“冒険世界”へと、四三はこののち飛び込んでいくのである。

 

 

<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~(3)「冒険世界」

家族の期待を一身に背負って上京した四三(中村勘九郎)だったが、高等師範学校での寮生活になじめない。夏休みの帰省では、スヤ(綾瀬はるか)の見合いがあると聞かされる。傷心で東京に戻った四三は偶然、三島弥彦(生田斗真)らの天狗(てんぐ)倶楽部による奇妙な運動会を目にする。一方、不良青年・美濃部孝蔵(森山未來)も落語にのめり込もうとしていた。のちの名人、古今亭志ん生(ビートたけし)の第一歩が踏み出される。


==========================
◆第2話「坊ちゃん」
==========================

f:id:marumiyamo:20190124114945j:image

1、
今回は、主人公の金栗四三の生い立ちを丁寧に描いた回となった。物語を語っている古今亭志ん生だけが1959年にいて未来側から過去を語っていく構造。
語られるのは2つの世界だ。実際に金栗四三は1891年生まれで、古今亭志ん生は1890年生まれのたったひとつ違い。ここにクドカンは目をつけて、このふたりの同世代の主人公たちを交互に「熊本と浅草」、遠く離れたふたつの世界を順々に描く形をとっている。まだ特にふたりの共通点もなく。

2、
この「語り手が落語家」でストーリーを物語っていく方法はクドカンが『タイガー&ドラゴン』で試した方法論だが、この多重のメタ構造化によって物語に奥行きがつくられている。しかも、古今亭志ん生役をやるのが『赤めだか』で立川談志役も演じてみせたビートたけし。後年を迎えたたけしが、談志に志ん生まで演じてみせるなんて感慨深い。“聴きとりにくさ”に非常に味がある。

3、
物語にオーバーラップしてくるように「落語の演目内容」が重なり、現実と落語の境い目があいまいになってくる手法も『タイガー&ドラゴン』で繰り返し試してきただけあって、すごくよくできてる。今回は借金取りに追い回される『付き馬』との掛け合わせ。廓噺(くるわばなし)の代表作。吉原、浅草、寄席。若き日の志ん生が生涯の師匠、橘家圓喬の高座に出会う。
(遊女の小梅(橋本愛)が立ってた小川はどこのつもりだろう?明治にあんなに細い川は浅草にないはずだが)

4、
この他にもクドカンらしいモチーフがいくつか散見された。
たとえば、天然な面がありハマったら無我夢中になれる男の子っぽい主人公像(過去作品だと特に長瀬智也が得意な。金栗四三も志ん生も両方ともそう)
“地方”へのスポットライト。そしてその土地らしい地方の風土をあらわしたような“方言”。「とつけむにゃあ」。それと今回の熊本は偶然ではあろうが“被災地”への着目。
そのほかでいうと、“トンネル”というメタファーもクドカン作品らしい。
世界や意識や価値観の変換点で登場するトンネル。今回でいうと、自ら発見した呼吸法でトンネルを走り抜ける金栗四三。病弱だった四三が丈夫で健康な四三へと成長を遂げる。あまちゃんでは親友である女の子2人が大震災に被災した町の内と外をつなぐ真っ暗闇なトンネルを、手を繋いで走り抜けた。

何度か試してきた方法論を“大河という集大成”で織り込んでいくのは当然と思うし、過去からクドカン作品を見てきた人たちにとってはうれしいことだと思う。

5、
今回のサゲは、古今亭志ん生(たけし)による「付き馬で逃げてたら生涯の師匠に出会えたんですから、たまにはスポーツも悪くないもんです」。
来週以降への伏線を感じとれる。なんといってもこの物語は「スポーツ」がテーマなのだから。

 

<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~[新](2)「坊ちゃん」


テレビ寄席で志ん生(ビートたけし)が語るのは、日本初のオリンピック選手、金栗四三(中村勘九郎)の知られざる熊本での少年時代。学校往復12kmを走る「いだてん通学」で虚弱体質を克服した四三。軍人に憧れ海軍兵学校を受けるも不合格に。身体を鍛えても無駄と落ち込む四三だが、幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)に励まされ、嘉納治五郎(役所広司)が校長を務める東京高等師範学校への進学を決意する。運命の出会いが近づく。


==========================
◆第1話「夜明け前」
==========================

f:id:marumiyamo:20190124115003j:image

1、
歴史を動かした人たちについてが語られるんだなという厚みがきっちり感じられた。
クドカンが大河を書くなんてまだ変な感じだけど、きっちり「大河らしい」と思えたし、きっちり「クドカンらしさ」も出ていて楽しめた。

2、
物語の骨組みは嘉納治五郎役の役所広司が支えていて安心感がある。特に「天狗倶楽部」がいい。男くさくて大胆おおらかでガヤガヤ。ダンスパフォーマンスに大きな声。半裸と筋肉。三島弥彦役を生田斗真。いい顔。リズムとか空気感とか、脂がのってる時期でいい感じ。満島真之介とか武井壮とか騒がしい面々が踊りだすシーンはワクワクさせる。(コンドルズだろうなと調べたらやはり振付近藤良平、まんま)
https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1086866513745854464?s=21

 


3、
あとたけしの存在感も印象的だったけどまあいつものたけし。それと森山未來。このふたりが物語のナビゲーター役で、こうして語りがストーリーを先導する方式はクドカンの過去作品でいうと「タイガー&ドラゴン」とかをうまく発展させたような形。
多重的な構造もクドカンの得意技で、時間を次々切り替えながら、1909年と1959年の50年間ひらいたふたつの時代を交互に飛び交わせる。

4、
ラストシーンは主人公の金栗四三が走ってきて「いだてんだ!」とみんなが興奮して叫ぶ。中村勘九郎がここではじめて登場。赤い血だらけに見えたインクが、歌舞伎の隈取りを想起させる。いだてん!いだてん!とみなが口々に叫ぶ。タイトルがコールされる!ここから『いだてん』の物語がはじまる。

5、
この記念すべき作品がはじまって、一番はじめに作中で喋った登場人物がタクシー運転手役の東京03の角ちゃんなのが感慨深かった。変なキャスティングで笑った。


<<1964年 東京オリンピックが実現するまでの激動の半世紀を描く大河ドラマ>>
◎いだてん~東京オリムピック噺~[新](1)「夜明け前」
 1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していた。スポーツという言葉すら知られていない時代。日本からの初めての派遣選手をどう選ぶか。嘉納は検討の末、日本初のオリンピック予選会を開催することに…。のちに日本人で初めてオリンピックに参加する男・金栗四三(中村勘九郎)と、日本にオリンピックを招致した男・田畑政治(阿部サダヲ)の2人を主人公として描く、新しい大河ドラマが開幕!