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気になることクロニクル

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テレビドラマ「カルテット」が気になる。②テーマ:時間

このドラマは、物語のストーリーを追いかけるという通常の楽しみ方の他に、「内なるテーマ性」みたいなものに思考を巡らす純文学的魅力がある。4話までのあいだで印象的だったテーマについて整理してみるみる。今回は「時間」について。

「時間はもどらない」

すべての創作芸術にとって「時間は流れる」という宿命性との向き合い方はとても重要だ。それはこのカルテットにとっても同様で、時間とは、冬の軽井沢に降る雪のようにしんしんと静かに積もり続ける。特にカルテットでは時間のなかでも「過去」という点に課題テーマが置かれている。

いま思うと、第1話で家森さん(高橋一生)が大皿のから揚げにレモンをふりかけるのはマナー違反だ「不可逆」なのに。と熱弁したことは、テーブルに同席する4人ともにとって内心心当たりのある重要なテーマ性をつつかれた瞬間だったのだなと気づくと少し切なくなる。時間は一度進むと戻らないし不可逆である。出ていってしまった夫、離ればなれの息子、告白し逃した好きな人、二度と会いたくない親。言葉にはわざわざしないけれど「どうしてこんなことになってしまったんだろう」と胸のうちでときどき思いだす、そういう感覚というのは誰しも経験したことがある寂しさだろう。寂しさと書いたけれど、寂しさなんかよりも、悔しさだったり悲しみだったり怒りだったりが上回る感情なのかもしれない。ときどきふと思い出してしまい、忘れよう忘れよう(考えまい考えまい)とあたまを振り払うような感情。その感情には名前はつけにくく「不可逆の宿命性」と呼ぶのがよいのかもしれない。

この部屋に住むカルテットたちは「ゴミが捨てられなくて軒下に溜まる」というほほえましいエピソードがあったが、あれはまさに「捨てられない過去」のメタファーのように感じとれる。「寒いから億劫で」「見て見ぬフリをしてベッドにはいっていたい」ものたち。考えまい考えまい。すずめちゃん(満島ひかり)がOLだったときにデスクの上に置かれてしまっていた悪口の書かれた紙は机の一番上の引き出しにしんしんと溜まっていったし、巻さん(松たか子)の東京の自宅のリビングの中央には脱ぎ捨てたままの旦那の靴下が残っている。過去の記憶。

過去とは「ゴミ袋」のようなものなのだろうか。

溜まったら捨てればいいものなのだろうか。

いつか死んでしまったら、その人の記憶の中にだけあった過去なんてものはどの道どこにも残らないし、他人にとってみれば価値もない不必要なものであろうが、それでもなお「生きているかぎりは背負い続ける義務みたいなものがあるはずだ」と、カルテットの登場人物たちはそれぞれに決意をしながら生きているのかもしれないなと、溜まりつづけるゴミ袋というエピソードを観ながら考えさせられるのである。

ただし、もっとも重要なことは、第3話ですずめちゃん(満島ひかり)が父親との過去に向き合ったように、第4話では家森さん(高橋一生)が前妻との過去に向き合ったように、不可逆であるはずの時間に対して「未来という力」を使って立ち向かおうと試みることだ。過去に起こったことを「なかったこと」にはできないが、その過去をせめて後悔しないものへと「変えていくこと」ならできるかもしれない。ひとりきりでは長い間見ないふりして立ち向かえなかったけれど、仲間に助けられながら(背中をおされたりしながら)、「過去」を乗り越えていこうとするそれぞれのドラマ。そうしてまたそのドラマを鑑賞しながら視聴者は、清算しきらなかった自分の過去についての想いを馳せ、ドラマ世界と現実世界がつながる。ドラマにもきっと背中をおされる。家森さんは横浜へ向かい、すずめちゃんは千葉へ向かい、巻さんと別府くんは東京へと向かったときのように。

テリトリーから出て、過去に向き合う。

この「小さな共同生活によるコミュニティとしてのテリトリー」から「外へ出ていく(ボーダーライン)」という行動の重要性については、また次のテーマとして整理したいと思っている。

ところで最後に高橋源一郎にかるく触れておくと、今回すずめちゃんの父親役として作家高橋源一郎がベッドの上で死に際を迎える演者を担い、その配役のめずらしさに目を疑うほど驚いた。高橋源一郎もまた、60年代という「不可逆な過去」に宿命的因縁を持つ作家として文壇に登場した。彼がこのカルテットという作品を通じて、「ぬぐいがたい過去の象徴(シンボル)」というアイコンとして「棘がとれて丸くなり死にゆく老人」を熱演したことは、大変皮肉で興味深いものであった。「さようなら、ギャングたち」を熱心に読んだころを思い出した。見終わってみればこの役は、高橋源一郎じゃなければあとはもう村上春樹くらいしか見当たらないな(笑)と思えたベストキャスティングなのであった(村上龍には似合わないな)。