気持ちデータの観察考察

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美術展「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」の感想

2017年12月に上野の東京都美術館へ「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」を鑑賞に行った。

作品としては、晩年の南仏「アルル時代」が中心。35歳頃の作品。「ゴッホが受けた日本からの影響」を軸にしてキュレーションされていた。4つの要素で感想をまとめる。

※画像は下記公式サイトより引用

http://gogh-japan.jp/point/point1.html

 

1、「雪景色の美しさ」が印象的。

到着初日のアルルは大雪だった。「なんて美しい雪景色だろう、まるで日本のようだ」ゴッホは手紙にそう書いた。
この〈雪景色〉の絵がとても美しい。アルルに着いた喜びがそのまま閉じ込められているようだ。川辺の河川敷のように見晴らしよくだだっ広い場所から、見渡すかぎり一面の雪景色を描いた作品。どこまでも空気が澄んでいるかのような透明感と、先のほうに小さく見えるアルルの町並みのあたたかさ。
キャンバス全体が真っ白で、ひとけはないのだがぬくもりは感じられる。これからはじまる“新しい生活”へのわくわく感のようなものも詰まっている。ゴッホの、ピュアさというか、“真っ直ぐな純粋さ”みたいなものがシンプルにこぼれでた良品だ。見飽きない。

2、理想郷、「日本への憧れ」について。

ゴッホが日本画から受けた影響を大きく2つに分けると、「技法的魅力」と「文化的魅力」がある。
前者は画家としてだが、後者は画家としてを越えての興味だ。
もっときちんと調べる必要があるが、今回の展覧会を鑑賞した限りだと、ゴッホの日本への憧れは「理想郷や桃源郷」に近い感覚なのかなと思えた。
神話的な。夢の国のような。
救いを求めるゴッホが、帰依し、浄化される場所。パワースポット。天国のような位置づけ。

この「想い」をゴッホは、アルルの風景画群に込めた。だから一連のアルル画は、一種の宗教画とも受けとめられる。ダヴィンチの受胎告知の背景にも糸杉がでてくる。

「日本画への技法的憧れ」も重なる。
どこまでも明るい色合い。黄色い空と大きな太陽。光る麦畑。メリハリの効いた、陰影のない世界。輪郭線で区切られた境界。構図のデザイン性、大きな風景とその中に描かれる小さな名もなき人物たち。複数の遠近で描かれたゆがんだ焦点。
洋画を学んだゴッホが、見様見真似で日本画的手法をとりいれたことによって、“誰にも似ていない独創的な画風”を手にいれることにつながった。これはゴッホの奇跡である。しかしゴッホの生きている時代には、その前衛性に対する理解は乏しく欧州文化のなかで短期的には馴染むことはなかった。
それでもゴッホはその自ら手に入れた技法を捨てずに描き続けた。これはゴッホによるゴッホのための「宗教画の魂」なのだ。

3、光の美しさ「印象派からの影響」について。

歴史を順に追うとゴッホは、アルル時代の前に、つまり日本画に狂信する前に、まず「印象派絵画」とパリで出会い、強い影響を受けている。オランダからパリにでてきた30歳前後のゴッホである。

印象派を通じて、ゴッホは「キャンバスの明るさ」を手に入れている。それまでのゴッホの画風は暗かったそうだ。
パレットで色を濁らせずにそのままキャンバスに色を置きにいく手法や、スーラの点画のような筆使い。この時期の「庭絵のスケッチ」などにはスーラやモネたちの影響がわかりやすく見てとれる。
明るい作品がうまれるのはパリ時代からだ。この通過儀式というか、通過した順番というのも振り返って考察すると大切で、この「印象派の影響と浮世絵画の影響」が交差したところに、「ゴッホのオリジナリティ」はうまれているように感じられる。

4、「1888年の熱」

ゴッホにおいては1888年に限ったことではないようだが、今回の展覧会を鑑賞するだけでも1888年の作品があまりに多すぎて驚く。毎月何枚も描いているし、そのすべてが貴重に保管されている。誰からも見向きもされなかった絵がである。
1888年のゴッホはエネルギッシュである。目にする景色すべてが新鮮で、ゴッホの「興奮している熱量」が絵から感じられる。人生を生きていると、こういう瞬間が人それぞれにある。ゴッホにとってそれは、アルルにきたばかりのこの1888年だった。あまり寝ずに描きつづけたと手紙には残っているという。歳は35歳。
この2年後にゴッホは自殺する。
そう考えると、この熱量は異常なのである。美しき魂。理想郷への祈り。夾竹桃の甘い香り。叫びのような、膨張する熱なのである。